第4話 桐沢 迅(キリサワ ハヤテ)
「ルナシティの政治家たちがこの街に出入りしてるって?」
アダムは、スラム街の子どもたちから、そのことを聞いて、
なるほどな、選挙が迫る中、スラム排除を掲げる
彼らのやり方は表面的だ。食料や生活物資を無料で配り、人気のあるタレントにその姿をレポートさせる。しかし、スラム街の貧困問題に真剣に取り組んでいるわけではない。結局は宣伝でしかないのだ。気に食わないなと、アダムは眉をひそめた。
一人のマンホールチルドレンが言う。
「あいつらは今日も福祉事務所で炊き出しをしているよ。前に焼けた児童養護施設の跡地でね」
すると、アダムにケーキをねだっていた子どもが、うふふと笑って別の子どもに言った。
「じゃあ、今日はお前の誕生日にしようぜ。あいつらはチョロいからすぐに金をくれる。俺、駅前のケーキ屋にあるチョコケーキが食べたいんだ」
その子どもは、何だか得意げだった。アダムを振り返って手招きする。
「デビッド、ついて来なよ。福祉事務所に行きたいっていうんなら、俺が案内してやるから」
しかし、アダムは首を横に振り、子どもたちを睨みつけて言った。
「焼けた児童養護施設のことは、俺もよく知っているから道は分かる。ただし、お前たち、あまり調子に乗るなよ。後で痛い目にあうぞ」
アダムの雰囲気が一変し、突然冷たい声を出すと、子どもたちは黙り込んでしまった。境界を越えてしまったことを理解したらしい。
彼らはちぇっと舌を鳴らして、その場からばらばらに路地の奥へ消えていった。
アダムは、無言でそんな後ろ姿を見送る。それから踵を返して、フィールズ児童養護施設のあった方へ歩いていった。
* *
しばらく、アダムが足を遠ざけていた間に、フィールズ児童養護施設の焼け跡はすっかり成りを変えて、今は簡易の福祉事務所に建て替えられてしまっていた。
汚れのない白壁が不自然に思えた。薄汚れたスラム街から浮き上がってしまっているのだ。
お揃いの緑のTシャツを着たボランティアたちが、取って付けたような笑顔を浮かべて、集まってくるホームレスたちに、生活用品や、パンなどの食料品、衣類やらを配っていた。
渡すボランティアの手と、もらうホームレスの手が触れた時、互いの者が交わす笑みは、憐みと狡猾の交換会のようだった。
ボランティアたちはその後で入念に手を消毒し、ホームレスたちは多めにもらった支援物資の転売で小金をかせぐ。たまった金は結局は薬の売人に渡ってゆく。けれども、政治家たちはそんなことには無視を決め込む。
「ちっ、偽善くさくて、吐き気がするぜ」
アダムが思わず、そうつぶやいた時だった。
「まったく、同感だな」
突然、聞こえてきた声にアダムは、はっと声のした方へ視線を向けた。
真夏の午後の日差しが、声の主の影をアダムの方に長くのばしていた。逆光とサングラスが邪魔をして顔はよく見えなかったが、男だった。背が高く6フィート(182cm)は軽く超えていそうだ。太ってはいないがガタイも良い。スリムなアダムは男の影に張り込んでしまった。
「誰だ?」
うさん臭げな顔をしたアダムに、男が笑った。
「政府の依頼で、スラム街をリサーチしてる者だが、あんたこそ誰だ? ここら辺りを取材しているフリーのジャーナリストか何かか」
「ああ、そうだ」と答えてから、アダムは見せかけで肩にかけているデジタルカメラを背負い直して、その男を見つめた。
日が陰ると逆光だった男の顔が、はっきりとアダムの目に映し出された。
目鼻立ちが整った理知的な顔をしていた。年はアダムより少し上だろうか?いずれにしても、若かった。髪も目も黒かったが、東方の移民らしいアダムと違って、東アジア系の容姿をしていた。
刑事時代の習慣がまだ体に残っているせいか、アダムはその男が妙に気になった。わざと友好的な声をだして、彼は男に話しかけた。
「フリージャーナリストのデビッド・ラカムだ。この辺りのマンホール・チルドレンを取材してる。そっちは、政府の依頼って言ってたが、政治家秘書か何かか?それにしては、これまで見ない顔だが」
男の方もアダムに興味を持ったようで、
「ルナシティ大学で、コンピュータ科学と人工知能を研究している
そう言って、握手を求めてきた。鍛えられた前腕筋と手を握る握力の強さにアダムは顔をしかめる。
何だ、この男? 大学の研究員にしてはアスリート並みの体格じゃねぇか。
その上、超狭き門のルナシティ大学の研究員とは……・。
「あんた、優秀なんだな。だが、そのエリートが何でスラム街のチャリティに加わってんだ。次の選挙で、革新派か保守派のどちらから、立候補でもする気なのか」
不躾な質問を投げつけて来たジャーナリストに、桐沢はますます興味を抱いたようだった。よく見ると彼の目は黒というより、少し茶色がかっていた。桐沢は言った。
「いや、俺は
不可解そうなアダムに、桐沢は、
「ルナシティは、このスラム街も含め、心が欠けた奴らの集合体だ」
鮮やかな笑みを浮かべて言った。
「なぁ、そう思わないか」と。
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