第27話 危険な依頼

 エレベーターが、ルナシティ警察の地下10階へと降りていく。そこは、かつてルナシティを震撼させた連続殺人犯 ― リア・バリモア ― が収監されている重犯罪拘置所だ。


 ちっ、また、あの嘘っぱちの部屋に逆戻りかよ。


 頬を紅く腫らしたアダムは不機嫌そうに壁にもたれる。拘置所といってもそこはリアが金にモノを言わせて手に入れたVIPルームだ。地下1階の留置場からアダムを連れ出したリアは、彼の顔を見上げて、嘲るように笑った。


* *


 それはつい15分ほど前のことだった。

 リアは、アダムの恋人のジュリエットがデイブレイク河で溺れ死んだことを知って、彼が勾留させている留置場にやってきたのだ。

 リアの胸は弾んでいた。


 普段、クールにキメてるアダムくんが、恋人を亡くして涙に暮れている姿……それって、最高の見せ物じゃないの。

 しかも、彼はその恋人と結託してリアを巧妙に騙し、彼女を刑務所送りにした張本人なのだ。恨んでいないといえば嘘になるが、リアはアダムに、それ以上の特異な感情を持ち続けていた。

 だが、留置場の中で彼女を見つめるアダムの目は冷えきって、世の中のすべてをはかなんでいた。リアは、それに震え、同時に不快感を覚えた。

 アダムは、リアが何を言っても無視した。彼は、首をうなだれて留置場の隅にひっそりと座っているだけだった。


 何よ! 私は、こいつのこんな姿を見るために、わざわざ、ここに来たわけじゃないのに。


「いい加減に目を覚ましなさい! アダム・M・フィールズ!」


 リアは、我慢できなくなって、アダムの頬を平手で思い切り叩いた。


「痛ぇ……」

 と、その時初めて、アダムは声を上げた。


*  *


「留置場への出入りも自由か。ルナシティ警察の地下はすべて、お前の思い通りなんだな」

 アダムは皮肉っぽく言った。

「そういうわけじゃないわ。私の仲間が担当してる時間じゃないと、色々とごまかすのは難しいのよ」

「仲間? 買収した警官のことか」と、アダムは嘲笑した。


「やっと、あなたらしくなったわね」と、笑うリアをぷいと無視してアダムは、言葉を続ける。

「で、あんたのVIPルームで、俺に何をやれと?」

「寝室に招待するわ。あなたに頼みがある」と、リアは言った。

「はぁ? 真っ昼間から、何言ってやがる。好色女の相手をする気分じゃねぇ」

 と、アダムは信じられないと顔をしかめた。


  青年が向けてくる軽蔑の眼差しが快感を呼び起こした。そうそう、これでなくっちゃ。

 だが、リアは、

「何言ってるの。そんな色事ではなくて、あなたを留置場から外に出してあげるわよ」


 驚いたように表情を変えたアダム。リアは女狐のようにほくそ笑むと、


「ただし、私も一緒だけど」と、言葉を付け加えた。


*  *


 リアの寝室は、高価そうな絹製のカバーが掛けられたヨーロピアンスタイルのベッドや、サイドテーブルが置かれた高級ホテルのような空間だった。アダムは、入ったとたんにベッドに押し倒されるのではないかと気が気でなかった。一見、まともそうに見えるリアだが、こいつは実は狂った変態女だ。彼は警戒しながら部屋に入っていった。

 リアが妖艶な笑みを浮かべて、手招きしている。


「取って食いはしないから、そんなにびくつかないでよ。ほら、さっさとこっちにあるデスクに来なさい。さっき、私があなたに言ったやってもらいたいこと。それを今から説明するから。失敗は絶対に許されないわ。だから、よく聞いて」


 そう言って、リアはデスクの上にあるパソコンのスイッチを入れた。アダムの表情がその瞬間に変化した。研ぎ澄まされた視線でディスプレイを見つめる。そこに映し出されたのは、囚人の位置情報を本部に知らせるマイクロチップを取り除く医療者用の動画だった。むろん、それはリアの足首にも埋め込まれている。リアが動画のスタートボタンを押してアダムに言った。


「この手順を覚えて理解して」


 スツールの引き出しから彼女が取り出した医療用の道具を見て、アダムは目を見張った。そして、信じられないという声で言った。


「お前、まさか、マイクロチップを取り出す手術を俺にやらせようっていうんじゃないだろうな」


「ご名答! 大丈夫よ、マイクロチップは足首のごく浅い部分に埋め込まれているから、手に刺さった棘を抜くようなもん。ただ、痛いのはご免なんで、局所麻酔は打たせてもらうわ。こうみえても、私、看護士免許も持っているの。本当は自分でやるつもりだったんだけど、さすがに一人で足首の手術をやるには姿勢が窮屈すぎるでしょ。指示は私が出すから安心して」


 棘を抜くのとは違うだろうが。と、アダムは顔をしかめた。リアは自分の足首にマジックで印をつけて、レントゲン写真に写っているマイクロチップの映像をアダムに見せながら言った。


「麻酔注射は私が自分でやるわ。あなたは、ほんの少しだけ私の足首の皮膚を切開して、ピンセットでマイクロチップを取り出すの。電気メスが止血もしてくれるわ。後は絆創膏を貼っておしまい」


 アダムは上目づかいに女囚人をねめつける。


「こんな用意ができるなら、位置情報のマイクロチップはいつだって、はずせたんじゃないのか。でも、あんたが、この拘置所に今まで居続けた理由は、その方がルナシティ警察の情報が得やすかった……ということなんだな。そして、俺からベラが人身売買をしていた証拠のファイルを手に入れたあんたは、もうここには用がなくなった」


「アダム・M・フィールズ、本当にあなたの察しの良さには感服するわ。なら、麻酔が効いてきたみたいだし、そろそろ、始めてもらいましょうか」


 電気メスをアダムに突きだし、悪趣味な笑みを浮かべるリア。明らかにこの状況を楽しんでいる様子の彼女。

 何でこんな変態女に付き合わなきゃならないんだ。と、思いつつも、ここから出るためには仕方がなかった。アダムはおそろしく嫌そうな顔をしながらも、リアからメスを受け取った。

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