第25話 アダムの焦燥
指令室に血相を変えて飛び込んできたアダムに、女性係員が駆け寄って行く。いつも冷静な彼がこんなに取り乱すなんて、よほどのことが起こったに違いない。
「フィールズさん、いったい誰がデイブレイク河に流されているの!?」
「ジュリエットが……」
アダムの声はかすれていた。女性係員ははっと瞳を見開く。
あの時の可愛い子だ。この人とルナステート88の高級レストランで食事をしていた女の子。
仲良さげな二人に嫉妬して、つい嫌味を言ってしまったが、後で言い過ぎたと、彼女の心の中には苦い想いが残っていた。
「連絡はしておいたわ。早くこちらへ! あっちのモニターに映ってる」
ルナシティ警察の40階にある管理課は、スラム地域と隣接した地域も含め、ルナシティ全域に設置したカメラで24時間体制で街を監視している。
壁一面に大小さまざまな監視モニターがぎっしりと並べられ、それぞれの画面には、リアルタイムな街の様子が映し出されている。
いくつもある監視カメラの中で、海への河口に流れるデイブレイク河の映像を選択すると、男性管理官が、すぐに河に流されている男女の映像を捉えた。をれを同僚の管理官が指さして言った。
「拡大してみろ。ははあ、あの男と女か、あ~、男に矢が刺さってる。何だ、こいつら?
「救助隊はどうする?とりあえず、救助ヘリを出すか……、あっと、あと1分ほど待て。ほら、あと数メートルで俺たちの管轄外に流れ出るから」
「だな、管轄内だと色々と面倒だ」
「どうせ、スラム街のゴミたちだ。ゴミ拾いはあっちの管轄にやってもらおうぜ」
「ほらほら、もっと流れろ。あと少し~」
その直後だった。その管理官の男の頭が、強い力で制御盤に押し付けられたのは。
男は手前に突っ伏した。顔をあげたときには、アダムの拳が飛んできた。
「ふざけんな!お前は人の命をどう思ってやがるんだ!」
彼のカミソリめいた瞳には、ぞっとするような怒りの光がぎらついていた。
ジュリエットはゴミじゃない! 彼女は俺の救いだった。彼女がいなければ、俺はスラムに埋もれていたかもしれない。
怒りの感情が次々に沸き上がってきて、抑えることができなかった。アダムは、何度も男を制御盤に叩きつけた。
「うわあぁぁっ!!」
血しぶきが飛んで、鼻を折られた男は悲鳴を上げた。
「止めろ! 今、救助ヘリを飛ばしたから。だから、止めるんだ!」
他の管理官が止めに入ったが、激昂したアダムは、それを振り切って、男への攻撃を止めなかった。ずっと、胸の中で堪えていた憤りも相まって彼は止めることができなかった。
女性係員が悲鳴をあげた。異常を知らせる緊急サイレンが40階中に鳴り響き、集まってきた警備官の一人がたまりかねて、アダムに向かって叫んだ。
「お前、そいつを殺す気か!」
その瞬間、はっとアダムは我が身を振り返った。監視官の男はぐったりとして、呻き声をあげている。アダムの手は傷ついた彼の血で真っ赤に染まっていた。
"俺は誰も殺さない"
俺は自分自身に誓いを立てていた。
殺される側の惨めな気持ち……それを知っているから。あの惨めで苦しい想いを、誰にも味あわせたくないから。
幼い時に母に絞められた首に残った痣。それを思い出して、アダムは突然、震えだした。監視官の男を掴んでいた手を離すと、彼は、膝からその場に崩れ落ちた。
「そいつを逮捕しろ!傷害罪?……いいや、これは、殺人未遂にも匹敵する蛮行だぞ」
複数の警備官に、後ろから羽交い絞めにされてもアダムは動かない。
「連れて行け。こいつ、優秀だって噂のアダム・M・フィールズだろ。スラム出身なんだってな。こんなやつをルナシティ警察の刑事に採用したのは、やっぱり間違いだったんだ」
引きずられるように連行されながら、見上げたモニターに救助のヘリが映し出されている。ヘリのローターの音がやけにうるさく耳に響いた。
「ジュリエット……」
そんなアダムを係員の女性が怯えた瞳で見つめていた。
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