第24話 ナイトコール
ジュリエットは、アパートから歩いてすぐの鉄橋の上で、マッドに捕まってしまった。橋の下を流れる川の流れは速く、海へと続く河口に近づいていた。彼女は、橋の向こうに見える勤め先に逃げ込もうとしていた。だが、マッドはそれを許さなかった。
そして、彼の背中には、ジュリエットを救おうとイカルが放ったクロスボウの矢が深々と刺さっていた。
「お前……こんなことをして……許されると思うなよ……」
マッドは、真正面に立ったイカルに向かって言葉を吐き捨てた。だが、その顔は血の気が失せ、足元はおぼつかなかった。彼はジュリエットを抱えたまま、橋の欄干にもたれかかった。そして、バランスを崩して……二人は川に落ちていった。
激しい水飛沫。水面に飲み込まれてゆく二人の姿。辺りに舞い上がった深夜の夏風が、生臭い魚の匂いを鼻先に運んできた。
イカルは、信じられない光景を唖然と見ていた。
「あ……ぼく……」
イカルの手からクロスボウが滑り落ちた。川に沈んでいく凶器と、流されていく二人の姿を、イカルは慌てて目で追いかけた。
「ジュリエットっ!!」
胸の鼓動が止まらない。ぼく、何てことをしてしまったんだ……。アダムに連絡しなくては! パニックに陥ったイカルは、ポケットからセルフォンを取り出した。けれども、指が震えて上手く操作ができない。
その頭の中で、つい先ほどまでマッドへの殺意を
* *
リア・バリモアの部屋を出て、地下10階の重犯罪拘置所からエレベーターに乗ったアダムは、エレベーターが本署のエレベーターホールに到着したことに気づかなかった。次々と浮かぶ疑問や問題に気をとられていたからだ。すると、モニターから管理課の女性係員の声が聞こえてきた。
「フィールズさん、大丈夫ですか? エレベーターの扉が開いていますよ」
声に気づいて、はっとアダムは顔を上げる。
「ああ、すまない。ちょっと考えごとをしていたんだ」
そう言って、エレベーターから降りた瞬間、彼の胸ポケットに入れていたセルフォンが鳴りだした。
こんな時間に誰だ?
時刻は午前2時を回っていた。
ルナステート88のタクシー乗り場で、彼に紙袋を差し出したジュリエットの不安そうな表情が心に残って離れない。
アダムは、エレベーターを降りてセルフォンに出た。
「アダムだ。何かあったのか」
すると、セルフォンから、恐怖に震える声が聞こえてきた。
「アダムっ、ジュリエットが……」
「イカル、お前か!? こんな時間にどうした? ジュリエットは?」
「川に……川に落ちたんだ! あの変な男と一緒に!」
「なんだって? はっきり言えよ! どこで、いつだ」
「アパートの近くの川……。早く助けてあげて! 海に流される前に、ジュリエットを助けて!」
アダムはその瞬間に、閉じようとしていたエレベーターの扉を手で押さえ、中にすばやく身を滑り込ませた。そして、管理課のモニターがある天井に向かって叫んだ。
「管理課のお前! 俺の声が聞こえてるか? デイブレイク河に人が落ちた。すぐに河を監視しているモニターで追跡して、水上警察に救助の指令を出すんだ!今から俺も指令室に行く。だから、このエレベーターを上へ動かしてくれ!」
「えっ、人が? ……でも、あなたには、このエレベーターはここまでしか許可が下りていません。しかも、40階の指令室に入るには、あらかじめ登録されたパスワードを持っていないと入れません」
戸惑う監視課の女に、アダムは苛ついた声で言った。
「SD94868! 前に、あんたが俺に教えたパスワードだ。それがあれば、管理課の中に入れるんだろっ。緊急事態なんだ。エレベーターを40階に動かして、俺を指令室に入れてくれ!」
”SD94868”
そのパスワードを聞かされた女性係員は、あっと小さく声をあげてしまった。
それは、以前、リア・バリモアの部屋をアダムが訪れた時に、彼女がアダムを誘うために、モニターに映し出した自分のパスワードだったからだ。けれども、アダムは、それを無視してすぐに画面から消せと言った……。
彼が画面を見ていたのほんの数秒だった。それなのに、一瞬で、パスワードを覚えてしまったというの。
頭がきれる新人だとは聞いていたけれど、まさか、これほどとは……。
管理課の女は納得したかのように言った。
「わかりました。エレベーターを40階まで動かします! でも、デイブレイク河に人が落ちた人って……いったい、どこからの情報……」
だが、アダムの声はそこで途絶えてしまった。
そして、数分後、
「デイブレイク河に救助隊は出ているのか!流された者はどうなった?!」
エレベーターを降りて、セキュリティチェックを通過してきた新人刑事 ― アダム・M・フィールズが監視課の指令室に駆けこんできた。
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