第18話 月の裏側
ルナシティの最上級レストラン。『
テーブルを挟んで向かい合うアダムの姿が、煌びやかなシャンデリアの光に照らされて、普段より大人びて見える。
ここは、本当に別世界……スラム街の薄汚れた景色とは大違いだわ。ジュリエットは気後れすると同時に、アダムのことが心配になってしまった。
「ね、アダム、大丈夫? この店、ものすごく高いんじゃないの。いくらエリート集団のルナシティ警察に入ったっていっても、アダムはまだ新人だし、私のアパートの家賃も払ってもらってる。普通のレストランでも良かったのに」
「いや……ジュリエットにはイカルのことでも迷惑かけてるし、それに、この店には、俺も一度は来てみたかったんだ」
口ではそう言ってみたものの、アダムは高級レストランなどには全く興味がなかった。ただ、ジュリエットの誕生日に渡すはずの指輪は失くしてしまったし、せめて、彼女が喜ぶことをしてやりたかった。
だが、さすがに来月からは節約しなければ、自分の生活費も危うくなる。アダムは苦い顔をする。
「ま、いいじゃないか。今夜は食おう。ジュリエット、誕生日、おめでとう」
スーツ姿でワイングラスを傾けたアダムは、すごくキマってると、ジュリエットは少し頬を赤らめる。
「あ、でも、そのスーツって……」
「ああ、ジュリアが洗濯して、俺のアパートのデリバリーボックスに入れておいてくれたやつ。助かったよ、俺、これしか持ってないもんな」
「もうっ、アダムったら、こんな店で無駄使いしないで、新しいスーツを買えばいいのにっ」
「別にいらねぇだろ、一着あれば十分だ。それより、オードブルが来たぞ。食おうぜ」と、アダムは相変わらず淡々とした態度を崩さない。
ジュリエットはテーブルに運ばれてきた美しく盛り付けられた料理に目を輝かす。
「美味しい! このソース、苺の味がするわ」
「そう? なら、良かった」
こんな場所に慣れていない自分に、アダムが色々と気を使ってくれているのがよく分かる。そう思うと、ジュリエットは嬉しくなってしまった。
「『
ふと目を向けた窓の外。光の洪水のような摩天楼の上には、店と同じ名の上弦の月が明るく輝いている。スラム育ちのアダムと自分が、ルナシティの高級店のテーブルで食事をしているなんて、夢の中の出来事のようだ。
リアとの面会の内容や、様子のおかしいイカルのことや、アダムに聞いてみたいことは山ほどあるけど……。
でも、いいか。今夜はそんなこと。
デザートのクレームブリュレが運ばれてきた時、ジュリエットはアダムに微笑みかけて言った。
「今夜はありがとう、アダム。ルナシティに私を連れてきてくれて」
だが、アダムがジュリエットに顔を向けた時、彼の目つきが突然、鋭く変わった。レストランの入り口から、アダムを見つけた先輩刑事が2人、こちらに歩いてきたのだ。後ろに若い女を連れている。彼らは、アダムの向かいに座るジュリエットにちらりと目にやると、冷ややかな笑みを顔に浮かべた。
「おや? アダム君じゃないか。生意気に高級レストランでデートかよ」
「新人のくせに、女に手を出すのだけは早いんだな」
不躾な男たちに、アダムは知らぬふりを決め込んでいる。だが、彼が上目使いにカミソリめいた視線を送った瞬間に、二人の男はびくりと身を縮こませて口をつぐんだ。
「なっ、なんだよ。お前は先輩に挨拶もできないのかよ」
「しっ、行こうぜ。店の中だ。どうせ、スラム街から連れてきた商売女だろ」
2人の男たちは、はらはらとその様子を眺めていたジュリエットにちらりと目をやって、通り過ぎようとする。
だが、
「……へぇ、可愛い」
その時、男の一人がぽろりと呟いた言葉が、後ろにいた若い女の癇に
「こんばんは、アダム・M・フィールズ。今日はお友だちとディナー? 私にも声をかけてくれれば良かったのに」
誰だ? だが、その声は、アダムには聞き覚えがあった。リア・バリモアと面会するために乗ったエレベーターの中で彼に話しかけてきた、あの管理課の女だ。女が媚びるような笑みを浮かべて、アダムに近づいて来る。
「悪いが、あんたなんか知らない。俺、まだ、新人だし」
皮肉交じりな言葉をアダムに返されて、女はむっと顔をしかめる。そして、アダムとジュリエットを交互に見ると、ジュリエットの横を通り過ぎざまに言った。
「ふん、ダっサい服……フィールズさんって、女の子の選び方が下手ね」
アダムが、身を乗り出したくなる衝動をかろうじて抑えた、その時だった。
「あんたね! 人の服をとやかく言う前に、その安物の頭をどうにかしなさいよ! ブランド服や濃いメイクでごまかしてないでさ。それに、アダムにちょっかい出すのはやめなさいよ、この軽薄女!」
ジュリエットが、がたんと席から立ち上がって、管理課の女に声を荒げたのだ。
女は、ジュリエットの強気な態度に驚いて口をぽっかりと開けたままだ。
「な、な、何よっ、品のない女っ」
そう言いながらも、度肝を抜かれた女はあたふたとその場を去って行く。その様子を見たアダムは、くくくっと小気味良さげに笑った。それから、テーブルに置かれたジュリエットの手に、自分の手を重ねて言った。
「ジュリア、俺たちもそろそろ店を出るか。仕切り直しだ。テラスで夜景を見ながら、食べられなかったデザートを味わうっていうのも、悪くないと思うぞ」
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