第二章 Night Call(深夜の電話)

第1話 プロローグ


 イカル


 あなたに、私の罪を伝えたくて、この電話をかけています。

 でも、後悔はしていない。

 あの人の最後を看取ったのは、”私”


 それをあなたに、伝えたかった。



   ― Night Call ―



 蒸し暑さが首筋に汗を滲ませる。

 午後11時。

 鉛を溶かしたような、重苦しい雨が降る8月の夜だった。


 その女は、30分ほど前に、最愛の夫を死に至らしめたばかりで、彼と彼の連れ子 ― 9歳のイカル ―を残した豪邸から逃げるように山道に車を走らせていた。

 いや、逃げたというより、当てもなく、都心ルナシティから離れて行ったという方が正しいのかも知れない。


 カーブを曲がった先には、切り立った崖がある。

 女はカーブに入る前に、一旦車を止め、館で眠っているであろう義理の息子に、電話をかけた。


 2度のコール音。ツーツーと耳の奥に響く呼び出し音が、ふつっと途切れた。


 小さな吐息が携帯電話の向こうから聞こえる。

 イカルに自分のメッセージが届いたかは、よく分からない。


 それでも、もう構わない。

 私の人生は、これで終わる。


 さようなら、イカル。

 可哀そうな子。

 出来ることなら、あなたを愛してあげたかった。

 


 女は、再び車を発進させると、目前に迫ったカーブに向けて、アクセルを思い切り踏み込んだ。

 ハンドルは回さない。

 直後、女の車は切り立った崖から、がらがらと下の藪へと落ちていった。


 暗い山林の寝床で眠っていたからすの群れが、一斉に目覚めて不協和音の声をあげた。鉛色の雨が更に強さを増してゆく。


 不都合な真実。知られたくない本心。それらを包み隠すのだ。


 うるさい雨音に逆らうように、鴉の声が甲高く山の中に響いていた。




 



 


 


 


 


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