第4話 掛け違いのボタンのようなすれ違い

 石葉いしばいさおから館池たていけ芽衣めいに届いたメッセージを確認したことで、早怜はやとき真実まみは二人の間に起こったことに見当がついた。

 そのため石葉功のスマートフォンまで調査する必要はなくなった。


 館池芽衣に花の相談をしたあと、早怜真実は2日間かけて自分の仮説が正しいことを裏付けるための情報収集をした。


 すべての準備が整うと、早怜真実は夏瀬なつせたまきに手伝ってもらい、話があるということで関係者を集めた。

 すなわち、この場には早怜真実のほかに、夏瀬環、館池芽衣、石葉功の三人がいる。


「みなさん、集まっていただきありがとうございます。そして館池さん、先に謝らなければならないことがあります」


「え、何?」


 館池芽衣がボブカットを揺らして不安そうな視線を向けてきたので、早怜真実は三つ編みオサゲをぎゅっと握り、夏瀬環を一瞥いちべつした。

 夏瀬環が一つうなずいてみせたので、早怜真実は視線を館池芽衣に戻して話しはじめた。


「実は夏瀬さんから依頼を受けて、館池さんと石葉君のすれ違いの原因を調べるため、館池さんのスマホのメッセージ履歴を確認させていただきました。プライバシーに土足で踏み入ってごめんなさい」


 早怜真実が深々と頭を下げたので、館池芽衣は慌てて頭を上げさせた。


「いいよ、いいよ。環に言われて仕方なくやったんでしょ?」


 夏瀬環はボブカットの奥から飛んでくる冷たい視線に顔を逸らしたが、思い直したらしく早怜真実にならって頭を下げた。


「ごめん!」


 両手を腰に当てていた館池芽衣はドッと息を吐くと、夏瀬環を許すと言った。

 わざわざこうして関係者を集めたということは、夏瀬環が自分のために骨を折ってくれたのだと理解できたらしい。


「それで、すれ違いっていうのはどういうこと?」


 石葉功が早怜真実に訊いた。サイドの毛先を尖らせたセンター分けの下で、彼の眉が困惑気味に下がっている。


「石葉君と館池さんはおそらく、お互いに待ち合わせをすっぽかされたと思っているはずです」


「えっ!?」


 石葉功と館池芽衣が互いに見開いた目を見合わせた。

 二人の反応により早怜真実の言葉の信憑性が増す。


「実は二人とも待ち合わせの場所には行っていたのです。でも日にちの勘違いがあって、掛け違いのボタンのように、時間的なすれ違いをしてしまったのです」


「でも、待ち合わせの日も指定したんだけどなぁ」


 石葉功が首をひねった。

 勘違いをしたのは館池芽衣なのだから、彼にその原因がわかるはずはない。

 しかし当人である館池芽衣もまだ気づいてはいない。


 そんな彼女に早怜真実が確認する。


「館池さん、石葉君のメッセージを見たのは朝だったのではありませんか?」


「え、うん。たしか朝だったと思う。通知音で気づいて」


「石葉君がメッセージを送ったのは、館池さんがそれを見た前夜でした。メッセージ履歴を確認してもらえればわかると思います」


 館池芽衣がスマートフォンを取り出してアプリを起動し、問題の部分を確認する。


「あ、本当だ! でもおかしいな……。たしかに通知音がしてから確認したのに。通知音がなければメッセージの日付くらい確認するもん」


 館池芽衣が早怜真実に説明を催促するような視線を送る。


「そうです。館池さんには朝にメッセージが届いているのですが、それは石葉君からのものではなく、アプリスタンプ公式のものだったのです。館池さんがアプリを開いたとき、朝の忙しい時間帯ということもあり、重要ではないスタンプの広告は無視して石葉君のメッセージだけを確認したのではないでしょうか」


「ああ、なるほど。俺がちゃんと日付を書かずに〝明日〟なんて書いたから、1日ズレてしまったってことか。俺のミスだな……」


 石葉功が肩を落としたので、館池芽衣が慌てて否定する。


「そんなことないよ。ちゃんと着信の日時を確認しなかったウチのミスだよ。何のリアクションも返さなかったし」


 そんな彼女に対するフォローもかねて、早怜真実が説明を再開する。


「石葉君のメッセージには《もし用事があって都合が悪い場合は連絡をください》とあったので、そうでない場合は返信不要と解釈してしまったのかもしれませんね。石葉君からすれば連絡もなくすっぽかされたことになりますし、館池さんからすれば呼び出しておいて来なかったのだから、タチの悪いイタズラに思えたはずです」


 早怜真実は夏瀬環との作戦決行後、石葉功と館池芽衣それぞれの体育館裏倉庫付近での目撃証言を探していた。

 人見知りだったが、頑張って体育館やグラウンドで活動する部活生に訊いて回っていた。


 2日間をかけた情報収集の甲斐は十分にあった。

 早怜真実の推測どおり、二人は1日違いで目撃されていた。


「ごめんなさい!」


「いやいや、こちらこそ。ごめん!」


 真実を知った館池芽衣と石葉功は互いに謝罪した。


 二人とも互いに不誠実な対応をされたと思い込んで相手を避けるようになっていたし、少なからず一枚噛んでいるであろう夏瀬環に対しても不信感をつのらせていた。

 だが早怜真実の推理と洞察により、二人の誤解は完全に解消された。


 顔をそろえたばかりのころには霧に沈むような重たい雰囲気があったが、いまではすっかり晴れやかになっている。


 そんな中、夏瀬環が調子に乗ってラインを踏み越えてしまう。


「ねえ! ここにいるみんなはもう二人の気持ちをわかっているんだから、ここで公開告白しちゃいなよ!」


 館池芽衣による痛烈なチョップが夏瀬環の頭頂部を直撃した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る