第2話 お菓子作りのような入念な下準備
放課後。
メニューには
「夏瀬さん、改めて依頼の内容と、詳しい状況説明をお願いできますか?」
二人の前には小ぶりなコーヒーカップが置かれている。早怜真実はカフェラテを、夏瀬環はコーヒーを注文していた。
「ええ、もちろんよ」
夏瀬環はそう応じると、カップを一瞬だけ口に付け、舌を湿らせてから話しはじめた。
「依頼の内容は、うちのクラスの
早怜真実は三つ編みオサゲをぎゅっと握りつつ、依頼者からさらに聞き出すべき情報を脳内で整理する。
情報収集は重要である。
ミステリー小説であれば活字によって必要な情報が不足なく提示されるが、現実の依頼では何の情報が不足しているのかを自分で判断し、能動的に埋めていかなければならない。
夏瀬環は思案する早怜真実から視線を外し、コーヒーの揺れる液面を見つめながらカップを口に運んだ。
少しの間を置いて二人の視線が合うと、早怜真実が質問を始めた。
「館池さんと石葉君は元々どのような関係性だったのですか?」
「まあ、普通に友達、かな? あたしと館池さんが親友で、あたしと石葉君も仲のいい友達なんだけど、二人はあたしつながりで友達だよ」
夏瀬環は片肘を着いて、カップの縁を指でなぞりながら答えた。
そんな彼女の指に視線を落としつつ、早怜真実は質問を続ける。
「つまり、二人は友達の友達ということですか?」
「いやいや、あたし抜きでも普通に仲いいと思うよ」
早怜真実は右手を
伏し目になったまま確認する。
「夏瀬さん。あなたから二人に直接訊くことはできないのですか?」
その質問は予期していたようで、夏瀬環の反応は早かった。彼女は立てた手をあおぐように振りながら苦笑してみせた。
「もう訊いたんだよ。二人とも『べつに何もなかった』って言うだけ。態度からしてそんなわけないのにね。あたしに対しても少し素っ気ない感じがするし、あの二人は互いにまったく口を利かなくなって目も合わせないの」
それはたしかに二人の間で何かがあったと考えるのが妥当だろう。
「なるほど……。でも、当人たちがダンマリを決め込んでいるのなら、これってけっこう無茶な依頼じゃないですか?」
「まあ、そうだよね……。やっぱり無理?」
夏瀬環は肩を落とした。彼女も早怜真実の受けるプレッシャーには理解を示してくれているらしい。
早怜真実も夏瀬環が責任を感じていることを心苦しく思った。
彼女は本当によかれと思って二人をくっつけようとしたのだろうから、プリンの報酬を抜きにしても、早怜真実は夏瀬環を助けてやりたいと思った。
「まあ、頑張ってみます。その代わり、協力はお願いします」
「やった! ありがと!」
夏瀬環は両手を組み合わせて目を輝かせた。
早怜真実はとにかく話を進めた。
「いくつか確かめたいことがあります。まず、告白の手段は? 夏瀬さんはどこまでお膳立てをしたのですか?」
「告白はたぶん直接だと思う。あたしは告白の方法や日時までは指定しなかったけれど、メッセージアプリで済ませちゃ駄目だよって石葉君に釘を刺したからね」
早怜真実は腕を組み、顔を下に向けた。
ジーッとカフェラテの液面を見つめながら考える。
夏瀬環の話を聞く限り、
もちろん告白とは関係ないことで喧嘩した可能性はある。
しかし可能性を潰すにしても、確率の高い告白の可能性を優先すべきだ。
とはいっても、どういう展開になったら二人が避け合うことになるのかはわからない。可能性の候補が多すぎて、考えても
とにかく石葉功の告白が失敗したことは確かだ。
早怜真実は組んでいた腕を解き、顔を上げた。
「二人は告白前に待ち合わせをしたはずです。その伝達方法が口頭かメッセージアプリか、どちらかわかりませんか?」
夏瀬環は両手で自分の頬を挟んで考え込み、そして答えた。
「石葉君はけっこう奥手だから、待ち合わせの約束はメッセージアプリじゃないかな」
「だとしたら、なんとか二人のやり取りを見られませんか?」
早怜真実はダメ元でそう訊いた。
告白前、告白時、告白後、どの段階で二人に問題が発生したのかを見極める必要がある。
そのためにも、二人のやりとりをできるだけ細かく把握したいところ。
「そんなの無理だよ。ただでさえ素っ気ないのに、スマホの中を見せてなんて言えない」
それは予想通りの答えだった。だから、早怜真実は用意していた最終手段を提示する。
「じゃあこっそり覗き見るしかありませんね」
「え?」
そつのないと評判のプリン探偵が突拍子もないことを言い出したので、二人の間にしばしの沈黙が流れた。
夏瀬環から賛同の声が聞こえてこないが、拒否されれば早怜真実もこの相談事は降りるしかない。
だから夏瀬環が賛同する前提で話を進める。
「作戦を立てましょう。協力していただきますよ」
「早怜さんって、意外と大胆!」
夏瀬環から拒否の言葉はなかった。
彼女の苦笑の中には、いくらかイタズラっぽい笑みが含まれていた。
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