第4話 雪降る夜に(前編)


 私は遂に掴んだ!

 苦節十年近く……いや、学生の頃からカウントすると半生を費やしたと言っても過言じゃない!

 書籍化が、決まった!!

 しかも公募で送った文字数からの加筆を勧められて、ハードカバーでの刊行!

 もう死んでもいいと思った。

 嘘!やっぱりこの手で自分の本に触れるまでは死ねない!まだまだ続きも書きたい!



 私は実家に帰省した。

 ありがたいことに初版がすぐに売り切れ増刷がかかって、第三版が出た頃の年の瀬。

 大雪で公共交通機関が遅延して、着いたのは深夜近くになる。

 もともと日帰りの予定だったけど、一泊くらいはしてもいい。

 私にはどうしても一つ、確認したいことがあった。


 そもそもの話、私は執筆活動すらも両親に隠している。

 賞をとっても、自分の本が出ても、まだ言い出せない。

 父はもちろんのこと、母もまた小説にはうるさい。

 普段おっとりしてる癖に、多くの作品への痛烈な批判を何度耳にしたことか。

 そんな両親にこきおろされたら私は立ち直れないかもしれない……


 この世で最も手強く恐ろしい読者。

 それが実の両親。



 帰宅すると母は先に寝ていた。

 リビングの扉を開くと父がソファでテレビを見ている。

 無意識に、真っ先に、リモコンが置かれているテーブルに目をやる。


 

 私の書いた本が……そこに置かれていた。



「あの、さ」


 父に向かって数年ぶりに口を開く。


「帰宅したらまずはうがいと手洗い」


 父は相変わらず、父だった。

 扉を閉め洗面所に向かいながら、現実を受け入れて興奮や緊張で心臓が口から飛び出しそうになる。


 あった!あった私の本!買ってた!お父さんかお母さんか知らないけど!



「時間……あるか?もう寝るか?夕食は?」

「寝ない、けど。ご飯は外で食べてきた」


 キャッチボールをせず一方的に一気に話す父。

 昔からコミュ障だなって思ってたけど、実家出る前よりも酷くなってない!?


「時間があるなら、少しそこに座れ」

「え、うん」


 何!?今から説教はじまんの!?確かに彼氏の一人もいませんけどね!来年から三十路の限界アラサー女ですけども!


 でも!


 そこに!これ見よがしに置いてある本書いたの私ですよ!わーたーしー!



「お前だろ、これ書いたの」

「うぇ!?」


 心臓が止まるかと思った。

 全身から冷や汗がにじみ出る。


「違ったか」

「…………」

「俺の勘違いか」

「や、違くは……ない。うん、合ってます」



 何でそこで黙るの!何か言ってよ!?この際ダメ出しでもなんでもいいから!

 私が人生で最も緊張した瞬間は、授賞式の日でも発売日に書店を覗きに行った日でもなく、この日だったのかもしれない。

 

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