第5話 初配信

「すー…はー…」


あれから2日後、私はパソコンの画面を見ながら深呼吸をしていた。それはなぜか


「あと5分…ふぅぅぅ…」


そう、あと5分で私の初配信が始まるのだ


「えっと…台本と…マイクはここでいいんだっけ……?」


配信に備えて、機材の位置等を確認する


「あー…逃げたい…」


昨日…いや、数時間前までは「頑張ろう」という気持ちだったはずなのだ。だが、ここまで来ると、「頑張ろう」なんて前向きな気持ちは、不安と緊張に押しつぶされていた


「ダメダメ…ポジティブに行かないと……頑張れ私…!」


そう言いながら、頬を叩いて気合いを入れる


「………こんなことで気合い入ったら…苦労しないよね…」


だが、とても頬を叩くだけで気合いが入るような状態ではなかったらしく、気分は沈んだままだった


「って…もう10時!?」


気合いがどうこうと独り言を言っているうちに、配信の時間が来てしまった


「ちょ…5分短いって!」


そんなことを言いながら、配信ソフトとトラッキング用ソフト、配信に使う動画投稿アプリを開く


「よし……頑張れ…私…」


自分を鼓舞して不安を誤魔化しながら、配信開始のボタンにマウスを動かす。あの後、同じようなことが起きないように、自動で配信開始ではなく、手動で配信開始するように変えていたのだ


「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ……よし」


大きく深呼吸をして、覚悟を決める


「配信…開始!」


そう呟いて、配信開始のボタンをクリックする。画面が代わり、よく雑談配信で見るような背景に、黒い髪に月を模した髪飾りをつけ、黒いセーラー服を身にまとったアバターが表示されていた


「あ、あー…聞こえておりますでしょうか」


少しだけマイクに近づいて、視聴者にそう問いかける



:キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

:おはよう

:おはよう

:おはよう

:聞こえてるよー

:おはよう



「うわっ」


ものすごい速度で流れていくコメント欄に、驚きの声が漏れる



:うわっwww

:キモがられてる?!

:犬のフン見つけた時と同じ反応で草

:俺らは犬のフンだった…?

:ファンネームが犬のフンってまじ?



「いやっ…今のはちょっと…驚いただけで…ごにょごにょ…」


大量に流れるコメントに反応しようとするが、声が出ない。やはり、まだ人と話すことは苦手なようだ



:かわいい

:典型的なコミュ障

:同族…?!

:ごにょごにょかわいい

:学校でスピーチしてる時の俺で草

:↑俺らがこんなに可愛いわけないだろ!



「コ、コミュ障って…わけでは…って、そんなこと話してる場合じゃなくて……」


コメントに反応しながら、自分のやるべきことを思い出して、台本を読み始める


「えー…どうも、初めまして、Vhome…4期生の…伏見ルナ…です」


今出せる最大限の声を振り絞って、台本に書かれてある自己紹介文を読み上げるが、やはり声はでなかった



:ガッチガチで草

:さすがに笑う

:やっぱコミュ障なんだよなぁ

:棒読みすぎる

:棒読みもかわいいよ



「ええっと…しゅ、しゅみは…えっと、えっと…」



変わらず凄い速度で流れ続けるコメント欄に焦りを感じ、台本を読み進めるが、緊張しすぎて内容が上手く入ってこない


「えっと…ええっと…」


そう焦っていると、ひとつのコメントが目に入った



:"がんばれー"



「うぇっ?!け、けむりさん?!」


そのコメントを打っていたのは、同期であり、私の1つ前に初配信だった「煤乃けむり」さんだった



:けむちゃん?!

:同期が助けに?!

:配信で胸アツ展開ってマジ?



コメント欄からも驚きの声が上がる。それもそうだ、私の配信のあとは、4期生全員集まってのコラボ配信が企画されており、他の同期はその配信の準備でとてもコメントなんてできる状態ではなかったのだから


「あ、ありがとうございます…が、がんばります…」


忙しい時間の隙間を縫ってまでコメントしに来てくれたのだ、本来は喜んだり、元気を出したりするべきなのだろうが、どうも私はそういうことが出来なかった。逆に、その「見られている」という事実を再認識してしまい、一段と緊張してしまったような気がした


「気、気を取り直して………しゅ、しゅみは…ゲームで…と、とくぎは…」


頑張って台本を読み上げて言葉を紡ぐが、上手く喋ることが出来ない。一単語喋る毎に、頭が真っ白になって、何も考えられなくなる


「とくぎは…と、とくに…なくてぇ…」


段々と声が震え始め、息が荒くなる


「うぅ…」



:あれ?ちょっとやばくね?

:これは…?

:まさか……

:おっと…?


コメント欄が、次の私の言葉を待つように静まり返る。次の瞬間、私の口から放たれたのは言葉でもなんでもなく…


「うぅ…うぁぁぁぁぁあ!」


………泣き声だった

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