第37話 あれだけ、ケツ向けといてな
「わからんのか。これは魔族どうこうの話ではないのだ!」
「では、なんです?」
ギマリリスの前に、大介が立つ。
「オレは、この世界の人間じゃない。だから、アーク王国も魔族もどちらが正しいかなんかわからない。領土問題は他人が口を出すべきことじゃない」
「おやおや、これは筋が通っている。賢い人間は嫌いではないですよ」
「だけど、お前はアマゾネスたちを嬲った。ポロリュテーも痛めつけた。勇者マカナも人形のように操って涙まで流させている……」
大介はマレブランケに対して、指をさした。
本当は足が震えそうだったが、埋葬したアマゾネスたちのことを思えば、そんなことはどうでもよかった。
ほんの一晩しか一緒にいなかったとはいえ、ポロリュテーは悪い人間には思えなかった。
嫌いじゃなかった。
それを、こいつは踏みにじった。
明らかに同郷のマカナが、あんな風に操られているのを見て、へこへこと従えるほど、大人なんかじゃなかった。
理由は一つじゃない。
いくつもの理由が組み合わさって、目の前のマレブランケに正しく怒りが燃え上がる。
「だから、お前をぶっ飛ばしに来たんだ!!」
絶対に許せない、その気持ちが、大介にかつてない勇気を与えていた。
「ということだ。わかったか下種!!」
フフン、となぜか自慢げにギマリリスが鼻を鳴らした。
「ンフフフフフ! そうですかそうですか。まぁどっちでもいいのです。これで何の問題もなく、ギマリリスさんをテスト材料に出来るというわけです。石眼は死体になっても有効なんでしょうかねぇ、ンフフフフ! 気になりますよぉ! おまけにサキュレ神の勇者というのが本当なら、これもまたとないテスト材料です! 私は――」
マレブランケがぺらぺらと喋っている間、大介はギマリリスに耳打ちした。
「あいつの相手、頼めるか?」
「安心してその命を下されよ。下名にとっても望むところ!」
「石化を解く方法は?」
「……」
一瞬にしてギマリリスの顔が真っ赤に染まった。
漫画であれば、ボンッと擬音でもつくほど茹だって、顔から蒸気を吹いているであろうほどの赤面ぶりである。
「ど、どうした」
「キッ、キッ……キッ……」
「?」
「キッスだっ!」
「なんでそこだけロマンチックなの!?」
『あれだけ、ケツ向けといてな』
「い、いいじゃないかっ! 魔力を跳ね返すのは、そういうものなんだっ! も、もう、下名は、行くからなっ!」
ギマリリスは飛び出した。
「――魔族において力などという原始的なものに頼る時代はもう終わりなのです。これからはいかに効率的に魔法を……おや?」
「もおぉぉぉぉぉぉっ!」
長々喋っていたマレブランケの懐に一気に突っ込むギマリリス。
その叫びには相手と関係ない感情まで乗っかっていた。
同時に、弾かれる様にルサシネとホルシュも動き出した。
ルサシネは瓦礫、ホルシュは女王の方へ向かう。
大介は、停止命令のままになっているマカナの方へ走り出していた。
『イヒヒ、お前にキスできんのか童貞』
「男は度胸だ!」
『それが出来ないから童貞だったんだろ』
「うるせえ!」
大介とマカナの距離は、10メートルもない。
イナバウアー状態で固まっているうちに突っ込めば――
「ンフフフ! そうはさせませんよ! 戦いなさい勇者マカナ! 私の敵を覆滅するのです!」
ギマリリスの繰り出す拳のラッシュを受け流しながら、マレブランケが指示を飛ばす。
それはリモコンの如く正確に、勇者マカナを起動させた。
起き上がり、炎の聖剣を手にするマカナ。
体を反らせていたせいで、涙が顔に溜まっていたため、一気に流れ落ちる。
滂沱の涙とはまさにこのことであろう。
その涙を吹き散らしながら、マカナが猛スピードで突っ込んできた。
『ヤベ!』
サキュレが咄嗟に大介の髪を引っ張り、その首を傾けていなかったら、額をかち割られていただろう。髪が幾筋か切り落とされ、残りも熱波でいくらか縮み上がったたが、マカナの手首の引き戻しが速かったおかげで、なんとか斬られずに済んだ。
「サン……」
サキュレにサンキューという暇すらない。
マカナは小手を狙って斬りかかってくる。
大介は間合いを取るというより、とにかく逃げまくった。
それはもう、不格好に。
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