第36話 エロに対して公平なだけだ

「ンフ……一般人、ですか。冗談が過ぎますね」


 マレブランケが、棘のある口ぶりで言う。


「ポロリュテーはどこだ」


「ポロリュテー? ああ、アマゾオンの女王ですか。それならその辺に埋まっていますよ」


 マレブランケの節くれだった指がさす先には、砕け散った煉瓦が山積みになっていた。


 ぴくりとも動かない石の山は、その下に生命の息吹を感じさせることは無い。


「……!」


 大介の心に、今まで生きてきて一度も芽生えなかった感情が駆け巡り、自然と拳を握りしめさせていた。


「てめぇ……!」


「なんです? アマゾオンの関係者ですか? アマゾネスには見えませんが……」


 値踏みするように視線を向けるマレブランケ。

 虚ろな目で見られるだけでもおぞけが走る。


「キモッ」


 ごくごく自然に、ルサシネが呟く。

 ホルシュすら、頷いていた。


「ルサシネ、あの瓦礫の下に生存者がいないか、調べてくれないか」


「もう、しょうがないわね。あたしの剣技を見せてやりたかったんだけど……」


 ぶつぶつ言いながらも、素直に瓦礫のほうに目をやるルサシネ。


「悪いな。……ホルシュ、あそこの女王様を任せられるか?」


「も、もちろんですっ!」


 ぶんぶんと首を縦に振るホルシュ。

 へたりこんだままの女王は、流石にマレブランケと近すぎる。


 ホルシュも、すぐに動きはしなかったが、しっかり女王を見据えていた。

 女王の方は、絶望からか、完全に心ここにあらずといった表情だが――


「何をごちゃごちゃと言っているのです。……まぁいいでしょう。せっかくですし、死になさい。骸骨兵が足りなかったところです。新鮮な材料になる栄誉を与えましょう」


 マレブランケの周りに鬼火がぽつぽつと浮かび上がる。

 鬼火は、猫のような形となり、宙を駆けた。


 大介は思わず身をかがめたが、その背を跳び箱のように飛び越えて、ローブの人物が躍り出ると、腕の一振りで鬼火を打ち払ってしまった。


「おや、こうも簡単に払える術ではないのですがね。貴方、何者です?」


「フン、その下劣な脳では、覚えてすらいないか」


 ローブを投げ捨て、その下から現れたのは、薄青の肌を毛皮で扇情的に覆ったスマートな女性――すなわち、ギマリリスであった。


「なんと、ギマリリスではありませんか。なぜ私の邪魔を」


「貴様のあまりに下劣な行いを、見ていられなかったのだ。石の部下を使うだけならまだしも、勇敢にも戦って死した戦士の屍を手下とし、敵の王とはいえ、それを裸に剥いて引き回すなど、下種の極みよ!」


「意見の相違ですねぇ」


「しかも貴様、下名が討ち果たし、石と化した勇者マカナを奪いおったな! あれは配下に任せて本国へ運ばせていたもののはずだ!」


「ああ、その件ですか。いいじゃないですか、私の方が上手く扱えるのですから」


 その返答に、ギマリリスの額に血管が浮かぶ。


「上手く扱う、だと? あれがか! 勇敢にも戦い敗れた勇者を、人形のように操り、弱者を嬲らせることがか!!」


「そうですよ?」


 けろりと、言う。


「貴様というヤツは……それに! 下名の部下は貴様に言われたとして渡すような者ではない! どうやって奪った!!」


「ああ、あの者たちなら、骸骨兵にして連れてきてあげたのですが……ああ、すいません、アマゾオンの女王に粉々にされてしまいましたね」


 その物言いにギマリリスの奥歯がぎちりと音を立てた。


「下種が!! 誇りある四天王の所業とは思えん!!」


 ギマリリスの言葉に、頭痛を覚えたかのように頭を押さえるマレブランケ。


「四天王の誇り? 貴方に言えた義理ですか。ノルマース人の手下になるなど、それこそ四天王として恥ずべきことでは?」


「下名はノルマース人の傘下になど下っていない!!」


「では、その首輪はなんです?」


 ギマリリスの首には、ちょうどアーク・メーヴェがつけられていたような、犬につける赤い首輪が巻き付けられていた。


「馬鹿め! これは下名を打ち破った勇者への敬意と忠誠の証として、自ら巻いたもの!」


「そうだぞ、やめろって言ったのに……」


 大介はわりとドン引きしていた。


「斯様に下名の主は奥ゆかしき方ゆえ、強いることなど何もない!!」


「ンフフフフフ、語るに落ちましたね。自ら尻尾を振ったということじゃあないですか」


 嘲るようなマレブランケの笑い声――


「確かに下名は軍を抜け、下野した! だが魔族の敵になったわけではない! なぜなら、この方は、サキュレ神の勇者だからだ!!」


 それを、快刀乱麻を断つが如く、ギマリリスの声が断ち切った。


「は?」


「は?」


「このダイスケ殿は、慈悲の女神・サキュレ・バスティーシュさまに選ばれし勇者だ。であれば下名らが従うのも当然というもの!!」


「サキュレ神の勇者など聞いたこともありませんよ。まぁ、仮にいたとしましょうか。ならば、ええ、我らデスマリス神に見捨てられし魔族に慈悲を以って恵みを与えてくださったのはサキュレ神。しかし、かの神は中立の神でしょう。私の邪魔をする理由はないはず」


『いや、中立なんて一言も言ったことねーぞ。エロに対して公平なだけだアタシ様は』


 サキュレの物言いに大介は苦笑する。

 実際にはそうなのだろう。


 人間というものは、いいように解釈するものだ。魔族も同じだろう。

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