第35話 だから下ネタはやめろ

「ンフフフフフ……良し良し。アマゾオンの女王となれば豪勇で知られる存在。それがこうも簡単に一ひねりであれば、大成功と言える。ンフフフフフ……となれば、つぎは四天王のどなたかでテストができれば最高なんですがね。殺しても後腐れのなさそうな……ギマリリスさんあたり、探してみますか」


 骨と皮だけの男が、皮算用で陽気に笑う。

 そのそばで、マカナの石像は涙を流し続けていた。


 石化の瞬間に、どこか覚悟を決めたような表情のまま、顔が固まっている。

 まるで岩清水のように、その頬を水がとめどなく流れていく。


「抵抗の現れでしょうかね? ンフフフ、涙などくだらない。ギマリリスの石化は自らの意思では決して解けません。私のゴーレム操作の術もね。それ、踊りなさい」


 マカナの石像は、命令を受け、踊り出した。


 聖剣をマイクのように持ち、体を大きく動かし、リズムよく踊る。

 石化したスカートは硬質だが、足が触れると水銀のように柔軟に形を変えた。


「な、なんですその珍妙な踊りは」


 それが、日本で流行っている女性アイドルグループのダンスだと、マレブランケには知る由もない。


「……まぁいいでしょう。おやめなさい」


 指示を受けて、すぐにピタリと止まるマカナ。


 踊りの途中だったので、上半身を大きく後ろに反らして、聖剣の柄をマイクのように口の前にあて、ちょうど切っ先が斜め上方に突き出す形で固まった。


「ンフ……命令の精度にはまだ難があるようですね」


 マレブランケはぶつぶつ呟いた。

 それから振り返り――


「あと、そこ。逃げようとしてもムダですよ」


「ひっ!?」


 ほうほうのていで逃げようとしていたアーク・メーヴェに釘を刺した。


「貴方はトロフィーなんですよ。この国を落としたというね。だから最後の女王として惨めに生きてもらわないと。ンフフフフフ」


「あ……あ……」


 亡国の女王は泣いた。

 王城にまで攻め込まれ、引きずり出されたときに涙は枯れたかと思っていたが、そんなことは無かったらしい。


「ノルマリス神は我と我が王国を見捨てたもうたか」


 彼女は呟いた。


『見捨てるもなにも、アイツは公平無私だからな。誰にも贔屓しねーから、こういう時、助けちゃくれねえよ』


 呆れた女神の声は、誰にも聞こえない。


『その点、慈悲ぶか~いありがた~い神様がこのアタシ様だ。崇め奉り下をおっ勃てろい』


 一人を除いて。


「だから下ネタはやめろ」


 そう、大介である。

 大通りを、大介とその一行が歩いてきた。


「おや? 貴方がたは何者です?」


 気づいたマレブランケが首を傾げた。

 それも当然だろう。


 大介は武器ひとつ帯びていないし、その隣にはびくびく震えている神官と、ほとんど防御力のなさそうなビキニアーマーの少女、後ろにはローブに包まれた謎の人物。


 取り合わせとしては、酒場の傭兵ですらなく、旅芸人のようですらある。

 それが、こんな戦場にのこのこと現れたのだ。


 マレブランケでなくても首を傾げよう。

 だが、アーク・メーヴェはそれが誰かを知っていた。


「あ、あ……」


 だからこそ、再び絶望した。

 あれは、女神からろくな祝福も受けていない者だと知っているから――


 しかし、もう1柱の女神は、自信満々に胸を張っていた。


『何だと問われちゃ答えてやらねーわけにもいかねーだろ。ほら、答えてやれ、美しき女神サキュレ・バスティーシュの使徒だとな』


「一般人だ」


『オイッ!』


 サキュレのツッコミが、さくれつした。

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