第32話 さぁ、歩きなさい。できるだけ惨めにね

 アーク王国王都レイディア。

 中心に座す白亜の王城・アークシャトー。


 その白が、煤色に染まっていた。

 街じゅうから火の手が上がり、黒煙をたなびかせている。


 兵舎は崩れ落ち、酒場はあかあかと燃え上っている。

 通りに沿って打ち壊された家々と、倒れ伏す兵士たちの躯。


 よほど凄まじい力で打ち倒されたのか、鎧がひしゃげていたり、壁に突き刺さったりしている。


 しかし、死体の数は、王都の守りにしては少ない。

 兵士たちが逃げ出したことは明白だった。


 また、街の住人たちも動ける者はみな逃げ出したのであろう。


 喧噪が消えたのみならず、崩壊しゆく街につきものの悲嘆や悲鳴も今となってはほとんど聞こえない。


 そんな王都の大通りにおいては、無人の野をゆくがごとく、我が物顔に進む一団があった。


 異形の集団である。


 石造りの不格好な兵隊が、10体弱、よたよたと歩いている。

 石に魔法でかりそめの命を与えたゴーレム兵である。


 その後の骸骨の群れがふらふらと歩いている。数は30ほどだろうか。


 それらは提灯を下げるように、かぼちゃに灯を入れて持ち歩いていた。

 しかしまだ日は高く、灯りの必要はないはずである。


 ただ、この世のものとは思えぬ緑色の怪しい光を放っていた。


 そんな骸骨の群れの中に、肌色がゆらめいていた。

 生身の人間が、四つん這いで歩いていた。


 いや、歩かされていた。


 女が犬のように全裸で歩かされている。

 虹色の髪が、燃え上がる家屋の火の光を反射し、赤く輝いている。


 身に着けているのは、大きな王冠と、犬がするような首輪だけであった。

 その首輪から繋がるリードの先には、象の骨が歩いていた。


 象の骨の上には、黒い僧正らしき服を着た者がまたがっており、リードはその手まで伸びている。


「ンフフフフ」


 黒衣の僧正が笑いながら体を揺らした。

 その頭巾から見える顔は、髑髏であった。


 だが、人間のそれではない。

 鬼が如く二つの角を生やす髑髏、わずかに皮膚が残っているが、かさかさに乾ききっていた。


すなわちミイラである。


「うっ……」


 そのミイラの手にあるロープに繋がれた裸の女が、苦しげに呻き、歩みを止めた。

 すると、双角のミイラは途端に不機嫌そうに、リードを引く。


「うぐっ……!」


 引かれた方に顔を上げた女の顔は、まさしくアーク・メーヴェその人であった。

 そう、アーク王国の女王その人である。


 顔を真っ赤に染め、恥辱と首の苦しみで眉間に大きな谷を作っていた。


「ンフフフフフ……ちゃんと歩きなさい。貴方は国を滅ぼした大罪人なのです。罪人は犬畜生のように、引かれていくのが定めです。さぁ、歩きなさい。できるだけ惨めにね」


「くっ……!」


 その目に怒りの色をにじませる女王。


「何ですその目は。貴方はこのマレブランケに負けたのです。分をわきまえないというのなら、首を刎ねてもよいのですよ?」


「ひぃっ!?」


 女王は震えて、ばたばたと四つん這いのまま歩き出した。


「ンフフフ、それでいいのですよ……しかしお笑い草でしたね。私はね、王都を攻撃したのは、あくまで新戦力のテストのつもりだったのですよ。それが、あっという間に落とせてしまうなんて……なんです貴方の兵たちは。こちらの力が強大と見るや、我先にと逃げ出して。まったく情けない。テストになりませんよ。その点、アマゾネスたちは実に勇敢でした。勝ち目がないと悟りながらも、健気に最後まで戦いましたからね、ンフフフフフ、いやよい実験になりました」


 喜色満面と言える笑いぶりであるが、ミイラ化したその顔においては、色が変わることなく乾ききった土気色の皮膚が揺れるだけであった。


 人々が逃げ去った街で、マレブランケの笑い声だけが響く。


 その時、風が吹いた。

 土埃が舞い上がり、その向こうに薄く人影が透けて見える。


「おや? まだ生き残りが居ましたか」


「ぶち殺す」


 土煙の向こうより現れたのは、煮えたぎらんばかりの怒りの色に染め上げられた、ポロリュテーその人であった。

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