第29話 性ってのは生だ

「知っているのか?」


「知っているとも。ああ知っているともさ。知らずにおれればどれだけ幸せだったか」


 いつにも増して演技がかった身振りで言う。


「マレブランケは下名と同じ四天王だ。疫病神と揶揄される下衆だがな……」


「なんでそんなに嫌そうなんだ?」


「……同列にされたくないからだ。いいか、魔族であれば誰しも心中に抱く思いがある。それは我らを見放されたもうデスマリス様に、ご照覧あれと武勇を見せる誇りの心だ。だから誰もが力を磨き、ノルマリスの勇者の一騎討ちは断らん。だが、マレブランケは違う。下劣なアイツには誇りなどない。自らの手を動かすことすら厭う男だ」


 だが、と続ける。


「……強い。間違いなく強い。石のゴーレムとは、ヤツの使い魔だ。自らの手は動かさん下衆の所業だが……なるほど、確かにヤツならば勝手に動いてもおかしくはないし、その跡に魔族の血は残らんか……しかし、ゴーレムが動けば自重で足跡が残るはずだが……見当たらんのはどういうことだ?」


 ギマリリスの言葉通り、平原に大きな足跡はない。

 人の足跡がないわけではないが、アマゾネスのそれと区別がつくようなものはなかった。


「わからないな……」


「ヤツはゴーレムの他に使うものもあるが……あのいまいましい、下種で下劣な術が……しかし、その後も見当たらない……」


 彼女の表情には、心底、軽蔑している色がうかがえる。


 同じ魔族の四天王でここまで言われるのもすごいなと思ったが、アマゾネスたちを皆殺しにするような輩だ、正々堂々としているギマリリスとは仲が悪くて当然かもしれなかった。


「しかし、ポロリュテーもアマゾネスたちもいつの間にかいなくなってたし、何が何だか……ところでそっちはどうしてたんだ?」


 それを聞いたルサシネが肩をすくめる。


「どうしたもこうしたもないわよ。アンタが急にいなくなって……アタシら三人だけになって途方にくれたわよ。しかも、そのうち一人は魔族の四天王よ」


「ふん、下名を倒した勇者には敬意を払うが、貴様らに従う義理はないんだ。歩調を合わせてやっただけありがたく思え」


「なによ!」


「なんだ!」


「……と、ずっとこんな具合でしたので、とりあえず、馬車まで戻ることにしまして……でもそこにもダイスケさんの姿は無く……でもギマリリスさんが居場所はわかると」


 ホルシュの言葉に、ふふん、と鼻を鳴らすギマリリス。


「我が鼻ならば匂いを辿れるからな」


「馬車に戻るまで自分でもそのことに気づかなくて、二度手間になったくせに」


「何を、この胸の上下同じ幅女!」


「なっ……言うに事を欠いて……! この半裸女!」


 ルサシネとギマリリスの口喧嘩には慣れたのか、ホルシュは気にせず続ける。


 キャットファイトでビキニから色々まろび出しているのを横にしても動じていないあたり、ホルシュも慣れたのだろう。


「それで、一時休戦のまま追いかけてきたというわけです」


「なるほど……」


「これからどうしましょう……」


 大介とホルシュは黙りこくってしまった。


「そうだ、サキュレはどう思う?」


『……あ? うーん……』


 大介の傍にはサキュレが浮いていたが、気もそぞろといった様子で生返事であった。


「どうした? 大丈夫か?」


『……アタシ様はよ、性の神だ。性ってのは生だ。死の匂いのあるとこだと調子出ねえんだよ』


「サキュレ……」


 いつになく、サキュレは弱弱しく、羽根やシッポもしおれていた。


『なんだよ、アタシ様が心配なら、誰でもいいからセックスしろよ。それが一番の薬なんだよ』


「心配して損した……」


『なんだよ、ポロリュテーがどっち行ったか教えてやんねーぞ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る