第27話 クソみてえな世界だろ?

 ポロリュテーは血相を変えて馬を鞭打った。


 平原は広大さから、距離感が狂う。

 見えている以上に近づいてこない野営地。


 辿り着いたころには、炎はほとんど消え、燻るのみ。

 痛々しい戦闘の後を残す女戦士たちが息も絶え絶えに、あちこちで幾重に折り重なっていた。


「……誉れも高い、アマゾオンの戦士たちが……」


 下馬したポロリュテーは呆然と呟いた。

 それも無理はない。


 アマゾオンの軍は花婿をかどわかすために存在する、いわば奇襲部隊であるので多勢ではないが、山賊などよりよほど数多い。


 百人あまりからなるその軍勢が壊滅している様は、大介のような平和を生きてきた人間にはにわかには受け入れられない光景であった。


 倒れ伏した中から、一人がゆっくり体を起こしてきた。

 背中より血をにじませ伏したまま、弱弱しく腕を動かし、健気にも剣を杖に立ち上がる。


「……! パイメイア!」


 ショートカットの左右から三つ編みが長く伸びた女戦士――パイメイアを抱き起すポロリュテー。


「じょ、女王……」


「何があったのさっ!」


「魔族……です……四天王が……襲撃を……」


「馬鹿言うなっ! ギマリリスは倒されたぞっ!」


「……石の……ゴーレム……操る……」


 パイメイアはポロリュテーの姿ももう見えていないのか、明後日の方向を見て弱弱しく言葉を紡いだ。


「おい、しっかりしろぃ! パイメイア!」


「ゆ、勇者……」


「ああ、勇者ならここにいるっ! 魔族なんざ打ち払ってくれるさっ!」


 しかしパイメイアは呻き、そのまま気を失った。

 ポロリュテーは言葉もなく、パイメイアの手当を始めた。


 大介も、アマゾオンたちの応急手当を手伝う。

 とは言っても、包帯を巻いたり、傷口を洗う程度しかできない。


 傷口の縫合や薬草を煎じて飲ませるなど、ほとんどポロリュテーが慣れた手つきで行っていたが、流石にこの人数では辛そうであった。


 陣地も燃えてしまっているので、野原にそのまま寝かすしかない。それは映像で見る紛争国の野戦病院の光景そのものだった。


 手当が終わったのは日が暮れる頃。


 ポロリュテーは血にまみれた陣地からやや離れ、鉄の臭いがせぬあたりまで行くと、陣幕の切れ端を燻る火種に被せ、焚き火を起こした。


 彼女は、やはり無言でそこに腰かけた。

 その額には、激しい怒りが深い谷を刻んでいた。


 大介もまた、言葉はない。

 死人こそいないが、光景としては野戦病院そのものだ。


 アマゾオンたちの体力が人並外れていたので、たまたま生きていただけだ。

 一歩間違っていたら、ここには死体の山が並んでいただろう。


 今でも現実感は全くない。

 大介が好きな異世界転生ものが、こんなに血の匂いがするなんて思っていなかった。


 でも、これがここの現実。

 現実なのに、現実感がないというのはどういうことだろう。


 まるで別人をゲームのコントローラーで動かしているような夢心地だった。

 むせかえるような血の匂いの中、サキュレの言葉だけが耳に焼き付いていた。


『どうだ大介? クソみてえな世界だろ? だからアタシ様は楽しくやりたいんだ』


 大介は答えなかった。

 焚き火の前に腰を下ろした時、不意に頭がぐらついた。


 急激な眠気に襲われたのである。

 この時まで、自分がここまで疲れているなど、思いもしていなかった。


 しかし、これほどの人数の手当をしたのだ。疲れていないはずもない。

 頭をこっくりこっくりさせる大介を見て、ポロリュテーは、やっとほほ笑んだ。


 そして大介の後ろに回ると抱え込むように座り、そのまま自身の膝に彼の頭を引き寄せた。


 大介もまどろみに誘われるまま、抵抗することなく眠りに落ちた。女王の鍛えられた足も、緊張がほぐれれば柔らかく、しとやかだった。


「……ふ。なんて心根優しい男さ。アマゾオンに選ばれた男たちは、泣き喚くか肉欲への期待に鼻息を荒くする者ばかり。だけど……ダーリンは違った。文句ひとつ言わず、オレの同胞たちの受けた傷を、自分の傷のように苦しんだね。惚れたよ。ああ惚れた……アマゾオンの戦士としてじゃない……一人の女としてさ……」


 アマゾオンの女王は、母が如き慈しみの顔を以って、大介の髪を撫でた。


 いつまでも。

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