第21話 いつまでカッコつけてんだ童貞野郎
魔族の女――ギマリリスが叫んだ。
すると、背後の魔族と魔物たちが呼応して大声を上げる。
打ち上げ花火の衝撃のように大気を震わせ、大地を揺るがすウォークライ。
ギマリリスはそれを煽るように両手を何度も挙げる。
呼応して怒号のような叫びが繰り返された。
「きゃあああああああああああああ!!」
あまりの威圧感に、ホルシュが泡を吹いて倒れてしまう。
「な、何よ、しっ、しっ、しっかりしないさいよっ!」
そう言うルサシネも、足が震えている。
猛獣がひしめく檻の中に放り込まれたようなものだ。無理もない。
大介もまた、生まれて初めて叩きつけられた本物の殺意に、体を硬直させてしまっていた。
「あ、あ……」
死を、リアルに感じる。
兵士たちによって、がちゃがちゃと鳴らされる武器の金属音が頭を揺さぶる。
全身が心臓になったかのように動悸が止まらない。
手足が痺れる。呼吸が荒くなる。
殺意に包囲される――
『おい、よく聞け』
妙に冷たい声で、サキュレが呟く。
『いま、お前が助かる可能性があるとすりゃ、エロ能力しかねえ。感度を3000倍にして押し倒せ。相手がイけば、支配できる能力がある』
「で、でも……」
『いい加減にしろよお前』
サキュレの声は、いつになく真剣だった。
『フツメンのお前だ。普通にやりゃ彼女だってできたろう。いつもいいところで勇気出せなくて経験できないままだったんだろ? お前このままじゃ、こっちでも一生童貞だぞ。いいのか? 忘れちまったのかよ。お前が最後に願ったのは「童貞のまま死ねない」だっただろうが! いつまでカッコつけてんだ童貞野郎!!』
「……!」
大介の中の迷いが、その一喝でかき消えた。
不思議なくらい、すっきりと。
そうだ。そうじゃないか。
死ぬのが怖い?
一度死んでいるのに?
知っているはずだろ、大介。
怖いのは死ぬことじゃない。
何も残せずに死ぬことだ。
思い出を残せずに死ぬことだ。
愛する者もなく死ぬことだ。
それが童貞のまま死ぬということだ。
「ははは……」
「狂ったか。下等種など所詮そんなもの」
急に笑い出した大介に、侮蔑の色を込めた視線を送るギマリリス。
だが、大介は狂ってなどいなかった。
ただ、自分に笑っただけだ。
一度死んでいるのに、死に恐怖した自分に。
そして、その恐怖の理由もわかった今、恐れる理由はどこにもない。
あとは、どう戦うかだけだ。
やるだけやるしかない。
自分にあるものを全部使って。出来ることを全部試して。
まだ、生きているんだから。
童貞は必死だ。
その必死さは、生きる力だ。
「石くれとなって我が足下で永久に土下座し続けるがいい!! 開け、我が石眼!!」
ギマリリスの瞳は猫のそれが如く黄金であり、その黄金が輝き始める。
その光に怯えるように、後ろの魔族たちが顔を逸らした。
「マァブル・パニッシャー!!」
閃光が、駆け抜けた。
それは拡散することなく、一直前に大介の胸を貫いた。
命中した場所から、光が朝焼けのように広がってゆく。
「ハハハハハハハ!! 永遠に下劣で無様な姿をさらし続けろ!! 意志はもう残っていまいがなあ!! それとも魔法に抵抗してみるか? 勇者ですら抵抗できなかった我が至高の石眼にな! ハハハハハハハ!!」
ギマリリスは演劇じみた身振りで勝ち誇って哄笑する。
そんな彼女の視界の端に、ルサシネの姿が映った。
仲間が目の前で石化したというのに、呆けた顔をしている。
こいつも狂ったか、ギマリリスはそう考えただろうか。
だが、呆けた顔をしていたのは、ルサシネだけではなかった。
ギマリリスの背後に並び立つ魔族の将兵たち、そして魔物の群れもまた、目を丸くしていたのだ。
「……ん?」
ギマリリスは気づいていなかった。
大介が石化を全く寄せ付けず、歩いてきていることに。
目を光らせたせいで、目の中心の視力が戻るのが遅れていたのだ。
『イヒヒヒ……性病除けの能力『絶対的健康』はあらゆる状態変化を打ち消す。運がなかったな』
魔法抵抗力など関係ない。
これは元から受け付けない力なのだから。
そんなものが存在するなど夢にも思っていないであろうギマリリスは、視力が戻った時には至近距離まで大介の接近を許していた。
「ごめん」
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