第19話 なぜ味見をしないのか

 サキュレが望むようなことは起こらず、馬車もどきの一行は、山あいの道をつつがなく進んでいった。


 道中、保存食に飽きてきて野にあるものを使って調理することになったが、初めて料理をしたというルサシネを遥かに凌ぐ絶望の塊を生み出したホルシュの底力が一行に衝撃を与えた。


 なぜ知らないものを入れるのか。


 なぜ味見をしないのか。


 なぜ自信満々なのか。


 あのサキュレをして本気で止めにかかっていたので、猛毒のものでも混入していたのかもしれなかった。大介は怖くて詳しく聞けなかったが。


 ホルシュには料理禁止令が出された。


 そんなこともありつつ、一行は魔族が侵攻してきているという地域まで辿り着いた。


 山と山の合間を抜け、平野に出た時、それはすぐさま一行の目に飛び込んできた。


 遠くの平野に陣取る黒い影。

 数としては5000弱といったところだろう。


 ローマとカルタゴの戦いや、秦が諸国を統一する際の戦いのように、何万、何十万という軍勢ではない。


 それでも小牧・長久手の戦いなどのように、合戦と言えるレベルの数なのは間違いない。


 なにより、魔族の軍隊というのは異様としか形容できないものだった。


 まず、足軽に相当する軽装歩兵が二足歩行する犬のような姿であり、よだれをだらだら垂らしている。


 ホルシュによればゴブリンだという。

 ゴブリンは魔族には含まれないいわゆるモンスターである。


 その数約3000。


 ゴブリンの騎兵は馬の代わりに巨大なトカゲにまたがっており、リザードライダーと呼ばれる存在らしい。それがおよそ5、600騎。


 そして、全体の1~2割ほどを占めているのが純魔族である。

 ゴブリンなどに比べると、魔族は比較的、人間に近い姿をしている。


 これはノルマリスと対の存在であるデスマリスが創造した存在であるためだ。


 人間との大きな違いは、頭部の角だ。


 サキュレによれば『デスマリスのアホがノリでつけた』そうだが、この角に魔力を貯えることができるため、角の大きさがそのまま強さと見て問題ない。


 角の他の特徴としては、個体差が存在する。

 青い肌の者、獣のような体毛に覆われた者、尾のある者――


 将兵に相当する彼らが数百人。


 ゴブリンなどの二足歩行の怪物と彼ら魔族の違いは、大介から見ると、着ぐるみとコスプレの違いに見えた。


 それがこうも平野にずらりと並ぶと現実感がない。


 しかし、サキュレの一言が、大介を現実に引き戻した。


『……こりゃ完全に魔族の本隊だ。どうにもならねーぞ』


 サキュレは再三警告していた。


 お前は、チート能力で無双をするような主人公ではない、と。


 であるならば。


「どうすりゃいいんだよ……」


 軍勢の密集により、砂ぼこりが嵐のように舞い上がっている。

 大作映画でしか見たことのないような光景が、地響きと共に迫ってくる。


 勇者マカナは、魔族に敗れたという。

 ならば少なくとも、これに立ち向かったのだ。


 まさに勇者と言えまいか。


「あわわわわわ……」


 ホルシュがガタガタと震えている。


「ふ、ふん、どーってことないでしょ」


 そういうルサシネは顔が真っ青だ。


「に、逃げましょぉ……いくら勇者さまでも、さすがにこれは無理ですよぉ……」


「だ、だけど、逃げたら、ホルシュが処刑されてしまう」


「でも、これじゃ……処刑と同じですよう。しょ……処刑だったら私ひとりで済みます」


「馬鹿な事を言うな」


 でも、と続ける。


「これはムリだ……」


 魔族は一騎討ちを受ける風習がある。

 それを利用して勇者が追い返していた、とは聞いていた。


 だから、魔族の軍勢と言っても、数百人くらいだと思っていた。


 大介が遊んでいた昔のゲームでは処理能力の問題もあり、魔族の軍隊などもそう多い数ではなかったので、ここまでとんでもない数の敵は想定外だ。


「逃げるしかない……もちろんホルシュを見捨てるって意味じゃない。魔族からだけじゃなく、アーク王国からも逃げるって意味だ」


 こんなもの、付き合いきれない。


 アーク王国がどれほど勇者に依存していたかがわかる。

 これほどの軍勢を、王都の喉元にまで侵入させた時点でもう詰んでいる。


 そういう意味では、あの女王アーク・メーヴェの治世の完全なる失敗であり、大介たちが付き合う理由はどこにもなかった。


『ヤベェ! 感知されてるぞ!』


 サキュレの警告と、突き刺すような視線を感じたのは同時だった。


「!?」


 魔族の軍勢ははるか遠くだ。双眼鏡などでこっちを見えていたとして、視線を感じるだろうか。


 だが、大介の肌を射抜く邪視の感覚は幻覚にしてはリアルすぎた。


「何をしている下郎」

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