第18話 そういうラブコメが見たいんじゃねぇ

 グリン村で物資を補給し、大介一行は魔族が接近しているという、北東に向かう。

 大街道を使うので北のデーン村は通らない。


 敗北を伝えた騎士は早馬で駆けてきたらしく、街道を半日ほど下って行っても避難民や敵軍らしき影はまだ見えてこない。


 グリン村で借りた馬車が旅の助けになっている。

 と言っても、元が農耕馬であり、馬車というより大八車を引いているのだが。


 乗合馬車や貸し切り馬車のようにそれに乗って移動することができない。

 馬は一頭しかいないし、揺れがひどいからだ。


 それでも、旅の荷物を載せられるだけでも非常に助かるのだ。簡易テントや鍋の類、着替えの類も、スーツケースもなくズダ袋に入れているだけのそれは、背負って長距離を歩くには重すぎる。


 大介とホルシュは徒歩だが、その歩みは軽い。


「アンタたち、あたしが居て、助かったわね。二人とも馬は使えないんでしょ」


 馬にまたがったルサシネが得意げに言う。


 あぶみがあるとはいえ、乗馬経験のない大介やホルシュに乗れるものではない。


『騎乗位が上手そうだな。イヒヒ』


「……」


 そんなことを言われたら気にしてしまう。それが童貞という生き物だ。


「なによ?」


 大介の視線に気づいたルサシネが眉をひそめた。


「い、いや……というか、お前、何でついてきてるんだ?」


「なっ……! なによ! あたしがいたら困るって言うの?」


「そ、そういうわけじゃないが……魔族と戦うんだぞ? 命が惜しくないのか?」


「あんたが言えた義理じゃないでしょ」


「む……」


 確かにその通りであった。


「あたしは、もう名を上げるしかないのよ。やるかやられるかだわ」


「何でだ? 別に俺みたいに勝手に勇者にされたわけじゃないんだろ?」


「色々あるのよ、色々……」


 その表情には憂いの色が見えた。


「あら~、ルサシネさんでしたら、結婚相手も引く手あまたでしょう?」


 彼女のメランコリックな表情などまるで気づいていないようで、呑気にホルシュが言った。


「けっ、結婚なんてまだ早いわ!」


「ええ? 16、7でしょう?」


 心底不思議そうな顔をするホルシュに、大介もまた不思議そうに眉をハの字にした。


『一応、言っとくが、この世界だと15、6で結婚するのが普通だぞ。合法だ合法』


「何の報告だ……」


 二十歳を成人とするのは地球における先進国の流行に過ぎない。


 地球のそれは複数の理由から成るものだが、主な原因として、第一次産業が大半というような社会構造ではなくなったこと、女性の社会進出、医学の発展により子どもの死亡率が下がったことなどが挙げられる。


 逆に農業を中心とする社会の場合、人手が必要なので子だくさんであることは必須であり、つまり労働力の再生産を必要としている。


 肉体的には男女とも15ともなれば子どもを作れるので、そこで結婚し、子どもを産み育てていくというのは自然な流れであり、これは地球の中世などとも変わらない。


 そのため、ノルマースにおいては、15を成人する考え方が一般的だ。


「あのねぇホルシュ、それを言ったらあんたこそでしょ。もういい年じゃない」


「そっ、それはぁ~いわないでぇ~!!」


 めそめそと袖を濡らすホルシュ。


「ホルシュは神官だから結婚してないんじゃないのか?」


「へ? 神官であることと未婚になにか関係があるんですか?」


「なにか関係がってそりゃ……いや……ない、な?」


 地球で世界宗教の主神は男性であるせいか、神に身を捧げるという価値観が存在する。

 ただ、ノルマリスが女神であるため、この世界にその価値観はないようだった。


「あんたは知らないみたいだけど、貴族とか金持ちの娘を修道院に預けて教育するのは普通よ。それで嫁ぎ先が決まれば出ていく……そういうところなのよ?」


「うう……そうなんですぅ……もう同期は1人もいません……」


「そんなに若いのに落ち込むことないだろ」


「じゃあ、もらってくれますかっ!?」


 急に野獣のような勢いで両手を祈るように掴んできたホルシュに、大介は面食らう。


「え? え?」


「ちょ、ちょっと何やってんのよアンタたち!」


 顔を真っ赤にしたルサシネが馬上から飛び降りてくる。


 混乱する大介。


 すがるホルシュ。


 憤激するルサシネ。


 それを見つめるサキュレ。


『違う……違うんだよ……そういうラブコメが見たいんじゃねぇ……いまどき少年誌でももっと過激にヤるだろ……いいから足を滑らせてそのまま突っ込めよ……なぜかパンツの中に顔が入るくらいしねーとダメだろ……』


 神は嘆いている。

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