第17話 牛の乳なら搾るから……
野宿を一晩はさみ、翌昼グリン村に着いた一行を待っていたのは、デーン村と打って変わって、すがるような村人たちだった。
ゾンビのようにまとわりついて「お助けを」と懇願してくる。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、牛の乳なら搾るから……」
「違います! いえ、それはそれで助かるのですが、そうではなく……魔王の軍勢が近づいてきているようなのです」
村人の一人は怯え切った様子でそう言った。
「それは、魔物が来たとか?」
「いえ……前にもう一人の勇者さまが村を通って魔族討伐出られた話はしましたね。その……勇者さまが敗れたと」
「えええええええええええええっ!?」
ホルシュがあまりに驚くものだから、大介は驚くタイミングを逸してしまった。
「ゆ、勇者マカナさまが、敗れた……? 嘘でしょう? ねぇ、嘘ですよね?」
「私どもも嘘と信じたいですが……その……お付きの騎士さまが、命からがらといったご様子で現れまして……」
「そ、そんなぁ……」
騎士によれば、勇者マカナは連戦連勝であり、破竹の快進撃で魔族を押し返したが、そのことが逆に魔族の実力者を呼び寄せる結果になったという。
その実力者とは魔族の四大将軍の一角・獣王ギマリリス。
勇者は一騎討ちの末敗れ、石化されてしまったとのことだった。
騎士は事態を報告するためにと言い訳がましく言いながら、ほうほうの体で王都へ逃げ帰って行ったという。
それでは村人たちが怯えるのも無理はない。
魔族の侵攻領域はまだ遠いらしいが、勇者なき今、一気に押し込まれる可能性が高いのだ。
本来、軍とはそのためにある。
そもそもの地力が圧倒的な魔族に対しては、勇者でもなければ数を頼みに戦うしかないのだ。
今ごろ王都ではアマゾオン領に向けている兵力を呼び戻すかどうかで大揉めに違いない。
王都からたった数日の距離に魔物まで出ているというのは、現代日本で人里近くに熊が出るのとは全く意味が違う。
鉄道や自動車の存在しない世界で、この程度の距離に魔物が現れたのは、喉元まで食いつかれているに等しい。
歩きで行けるような距離まで敵が迫ってきているというわけである。
もちろん、アーク王国は首都以外にも大都市がいくつも存在する。
しかし、ちょうど北西の魔族と北東のアマゾオンが攻め込んできたことで、都市と王都が分断されてしまっていた。
現代日本で例えるなら、東京に埼玉や群馬、長野から敵が侵入し、関西と連絡がとれなくなった状態だ。
常備軍が存在しないこの国で、軍勢が縦に分断されてしまうと、孤立した王都は非常に苦しい。
ここまで戦線がズタズタなのは、ジャンヌ・ダルク登場までのフランスのごとく、極めて綱渡りな状況と言える。
勇者が敗れたらあっという間に首都まで攻め込まれてしまう防衛網とは、脆弱にもほどがあるが、勇者マカナ以前も勇者は代々存在し、それによって魔族が撃退され続けてきたそうであるので、頼り切りになるのも当然なのかもしれない。
勇者マカナの敗北により、簡単に防衛線を突破されたことで、初めてその認識の甘さが浮き彫りになったわけである。
あの高慢な女王に進言できる人間もおらず、希望的観測で動いているのでは……と大介は思っている。
とはいえ貧しい国ではない。軍備がゼロということはないだろうし、むしろ王都を守るために兵力をかき集めているからこそ、戦線が分断されているのだろう。
だとしても、軍の傘の下に入れない村々からすると関係のない話だ。
国が頼れないとなれば、勇者にすがるのも自然である。
「なるほど……」
すがられたところでエロ能力しかない大介にどうこうできるようなものではなさそうなので、彼はあいまいに頷くばかりだ。
「任せてください! ダイスケさまは、つい昨日も、ゴートスフィンクスを撃退されたのですよ!」
「ぶふぉっ!?」
ホルシュの安請け合いに、思わず吹き出す大介。
確かに魔王を倒すと女王に啖呵を切った彼ではあるが、今すぐとは言っていない。
ましてや実際にゴートスフィンクスの恐ろしさを目の当たりにした今となっては、その時の根拠のない自信さえ消え失せている。
だが、もう後には引けない。
「ありがたやー!」
「勇者ダイスケ! 勇者ダイスケ!」
「ばんざい! ばんざい!」
こうも歓喜する村人にそんなことを言えば、自分も生贄にされかねないからだ。
だが、結局、これも生贄と大して変わりが無いのかもしれなかった。
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