第12話 絶対、いますね……
グリン村から、徒歩で川沿いに半日ほど北に向かうと、その村――デーン村は現れた。
村の規模としては同じくらいに見える。
グリン村と同様、柵に囲まれており、牧畜をしている村であろう。
しかし、その柵があちこち壊れており、巨大な足跡が地面をえぐり、水が溜まっていた。
爪の後が地面に続き、血液が固まったのかまだらに黒く染まった草木が目立つ。
羊の黄ばんだ毛が散らばり、砕けた骨のようなものが落ちている。
「魔物……いるなこれ」
「絶対、いますね……」
魔物がいるなんてことは、わかり切っていたことだ。
しかし、被害をまのあたりにしてみると、実感がわいてくる。
これは、動物園で実際にライオンやシロクマを見たときに似ている。
図鑑にしろテレビにしろ、さんざん見ている動物だが、実物を見るとその巨大さに人は驚くものだ。
そして気づくのだ。
人間はこいつらには勝てない、と。
『あー、こりゃ大物がいるな。キメラとかそういうの』
青ざめる二人はそのままに、サキュレだけはのほほんとしている。
そんな神の口笛を聞きながら、大介らは村の中心部に入った。
家屋のドアはバリケードのように木枠が組まれ、中には尋常ならざる力で引き裂かれているものもある。
そんなバリケードから、じわりじわり村人が這い出し、大介らの方へ集まってきた。
グリン村に比べると、まだ若い人間の姿もある。
若いといっても中年の女性であり、男性の姿はそれすらない。
その中年女性たちは、飼い葉を運ぶフォークを掲げて現れた。
「え、ええと……」
これはこの世界においても尋常の様子ではないのであろう。
ホルシュが目に見えて狼狽していた。
「だ、大丈夫なのかこれ……」
「あんたたち!」
恰幅のいい中年女性がずいと前に出てそのフォークを突き付けた。
「な、なんでしょう」
「入って来るんじゃない!! どうせ冒険者なんだろ!」
「そ、そうですけど、なんでですかぁ……」
「アンタらみたいなのを信用したあたしらがバカだったよ! あんな自信満々に言っておいて……!」
その女性だけでなく、周囲の村人たちも敵愾心のこもった視線と、フォークの先を向けてくる。
「な、なんの話だ。ちゃんと説明してくれ」
「うるさい! さっさと出て行かないとアンタらもあいつみたいに生贄にするよ!!」
「い、生贄ですかぁ!?」
ホルシュが悲鳴に近い声で言ったが、村人たちの異常な様子に大介がホルシュの肩を掴んだ。
「……出よう」
小さく耳打ちし、そのまま手を引いて村の入り口から出ていく。
20代前半といった見た目にも関わらず、ホルシュはしかられた小学生のように半泣きだった。
村が完全に見えなくなるまで、村人たちは警戒を解こうとしなかった。
「……なんだったんだ」
「勇者さまだと伝えるヒマもありませんでしたねぇ……」
村人たちの目は、怒りに満ちていた。
閉鎖性からのものというのも考えにくい。
近隣のグリン村はごく普通に迎えてくれたからだ。
大介が考えるに、やはり魔物が原因で人間不信になっているように思える。
「……でも、魔物が出たからってよそ者をこんなに嫌うか?」
「生贄……って言ってましたね……どういうことでしょう?」
あまりに不穏な言葉だ。
大介も気になっていた。
「サキュレ、生贄の風習がある神がいるのか?」
『さぁな。本来、神は巫女の口を借りてしか世界に関与しないルールだ。神がホントに言ってないことも巫女が口走ってやっちまうことあるからな。まぁ、アタシ様がどんなエロワード伝えても全然言いやがらねえ巫女とかもいるけど。どっちにしろ、今回は神がらみって感じじゃねえと思うけどな、ノルマリス正教に生贄なんてねえし』
「なるほど……っていうか俺に話すのはルール破ってないのか」
『他の世界の奴だからセーフ。まぁ、うっかり破って出しちまうのもご愛敬だよネ!』
指で放送できないジェスチャーをするサキュレを放置し、大介はホルシュに向き直る。
「さて、どうしたもんか……」
「……どうしましょう?」
『そうだセックスしよう』
「……魔物も生贄も、ほったらかして戻るのは気持ちが悪いよな……」
「さすが勇者さまですぅ!」
「……」
下ネタしか言わない神と、勇者崇拝気味の神官にどこかげんなりしてしまう大介。
「……とりあえず、河原を通って村を迂回するか。それでもうちょい北まで行ってみよう」
「はいっ!」
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