第8話 それ屈するフラグだろ

 ノルマースの多くの地域では、『傭協酒場』というシステムが存在している。

 傭協とは傭業協同組合という意味であり、そこが直接運営する酒場である。


 傭協は、古くから魔族の侵攻により、自然と民間に自衛の流れができたことに端を発した組織だ。


 人間の国家同士のいざこざであれば、外交という手もあるだろう。

 しかし、魔族は「強いものが正しい」というルールであり、外交という概念を持っていない。


 その性質ゆえに、あまり組織だった行動はとらないが、散発的な襲撃は多かった。

 そこで各村は自衛のため、傭兵を雇い入れた。


 傭兵に村を襲われては元も子もない。

 知恵を絞った村々は、国に嘆願し傭協を興すと、傭兵を登録制とし、近隣の村々で情報を共有した。


 そうして出来たのが傭協であり、傭協酒場である。

 酒場というが、傭兵たちの宿も兼ねている。


 これによって、不心得者が出ても、他の傭兵がぶちのめすことで治安を保てるのだ。


 とは言え、元が荒くれたちだから、治安がいいと言っても、殺しがないというだけであって喧嘩が日常茶飯事だ。トラブルには事欠かない。


 だが、傭協は国の枠を超え、登録者を共有している。


 ある賢者は、「国境を超えるのは、ノリマリス正教か傭協のみ」と言ったというくらい、超国家的情報網であった。


 オイタをしてしまった人間は、どこでももう雇ってもらえないため、犯罪抑止力としてそれなりに機能していた。


 そんな酒場の中に、ひどく不釣り合いな二人が足を踏み入れた。

 大介とホルシュに酒場の中の視線が突き刺さる。


 酒場は中世のそれというより、西部劇のサルーンに似ていた。


 二階建ての構造でこそあれ、それは宿のスペースであり、酒場としては長いカウンターと多くのテーブルによって成り立っている。端にはダーツに似たゲームが出来る一角が見える。


 荒くれだけで組体操のピラミッドが出来そうな程度には客が入っており、昼下がりだというのに、酒を飲んでいる者も一人や二人ではない。


 出来上がった男らの視線がホルシュの肢体に突き刺さる。

 居心地悪そうにバーカウンターに進んでいく彼女についていく大介。


「あの~」


「はい、どうしました?」


 カウンターでコップを磨いている初老のバーテンダーは、客層とは全く異なる涼やかな声で答えた。


 後ろで結んだ白髪に白い口ひげを見た大介は、心の中で「絶対強キャラだろ……」などと思ったが口に出さなかった。


『絶対強キャラだろこいつ』


 サキュレは口に出した。


 しかし、口に出すなと言おうものならまた下ネタが返ってくるのは明白だったので、彼はツッコミを抑えた。


「私たち、登録したくて……」


「神官が登録とは珍しい……登録はどちらになさいますか?」


「自由登録で」


「畏まりました」


 バーテンダーは後ろの棚から羊皮紙を取り出す。


 事前にホルシュが大介に説明したところによると、傭協には2種類の登録がある。


 一つは自由登録。

 これは名簿に登録するだけのもので、酒場に来た依頼を受けることができる。


 いま一つは専属登録。

 こちらは、酒場専属となる登録であり、依頼を自由登録の者より優先的に受けることができるが、酒場からの依頼を引き受ける義務を負う。


月給も支払われるため生活は安定するが、審査は厳しい。


「ですが残念です。神官の専属となれば、いい宣伝になりますから」


「わ、私なんてそんな大それた者では……」


 大介にはこのやりとりがよく理解できなかったため、小声でサキュレに囁く。


「……なぁ、神官ってすごいのか?」


『すごい? ああ夜はな』


「……もう聞かねえ」


『つまらんヤツだな。まぁ答えてやる。神官はな、魔法が使えるんだよ』


「は? 剣と魔法の世界じゃないのか、ここ。みんな使えるもんだと……」


『魔法は、魔導書を読めるやつしか使えねえ。その文字を読めるのは神官だけだ。知識を独占してるからな』


「なるほど、神官を専属で雇えたら、レアな魔法使いを抱え込めるってわけか」


『そういうこった。まぁ、神官の自由登録自体は数こそ少ねえが、無くはねえ。修行だの巡礼だので傭兵に関わるからな』


「なんだ、マジメな話も出来るんじゃないか」


『イヒヒ、なんだ、やっぱ下ネタがないと生きられない体になってきたか?』


 大介がそんな話をしている間に、ホルシュが全て登録を済ませていた。


 バーテンダーは羊皮紙にサササッと筆を走らせると、法廷画タッチの画風で激似の似顔絵まで描いていた。証明写真感覚なのだろう。


 彼は酒場の責任者でもあるらしい。

 どうも、バーテンダーはただの趣味のようだった。


「ダイスケさん、お仕事頂けましたよ」


 にこやかに言うホルシュ。


「お、これで当座の資金になるな」


「いえ、登録料と羊皮紙代が払えないので、まずはここの皿洗いです」


「……な、なるほど」


 紙は貴重品。タダで登録できるわけではない。


『イヒヒ、エロスキル使えばチート生活できるのによ。そろそろ素直になれよ』


「う、うるさい」


 チートなしの縛りプレイで異世界はキツい。


 仮に現代日本人が、海外に放り出されるようなものだろう。

 言葉が通じるだけマシと言えるが、大変なのは変わらない。


「サキュバ神になんか、絶対屈しない」


『それ屈するフラグだろ。イヒヒ』

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