第6話 お前に主人公ムーブは求めてねえ!!

 大理石や瑪瑙によって荘厳な美しさを見せるアークシャトー。


 召喚された塔の一階から伸びる渡り廊下もまた、煌びやかに装飾されており、草花をあしらった金の装飾が続いている。


 その豪奢な廊下を、ホルシュに連れられ、歩いていく大介。彼の服装は、白い長そで長ズボンのシンプルなものだ。だが、肌着のような野暮ったさはなく、スマートに見えるつくりであり、いかにも王宮の物品といった代物だった。


 そんな大介には周囲の豪華な風景はヴェルサイユ宮殿のようにも思われたが、彼は行ったことがないのでイメージでしかない。


 TV番組で言っていた、昔のヴェルサイユ宮殿では庭に汚物が捨てられて汚かった……という知識が頭を過ぎったが、吹き抜け状になっている窓から覗く庭に、そういったものは見られず、緑生い茂り、蝶がひらひらと舞っていた。アゲハ蝶に似ているが、真っ赤なアゲハ蝶など大介は見たことがないので、違う生き物かもしれなかった。


 意外だったのは、象がいたことである。

 インドなどのように聖獣として崇められているのかもしれない。

 綺麗に飾り付けがされ、行儀よく中庭で涼んでいた。


 おのぼりさんのように、きょろきょろとあたりを見渡す大介を「マジックミラー号か」とサキュレが茶化したが、その両頬がつねられた。


 この神は大介のエロ知識のみ参照できるらしく、地球の知識は著しく偏っている。


 そうして、エロ神と戯れつつ、渡り廊下を進んでいき城の中へ入ると、今度は豪奢なシャンデリアが並ぶ広間に出た。地震国育ちの大介は背筋が冷たくなる。


 調度品などはなく、壁の左右はソファーが多いため、ダンスホールとしても使われているのかもしれない。


 広間を抜けると、大きな階段が出て来た。十段ほど昇ったら現れる踊り場から、左右に階段が続き、どちらからでも2階へ上がることができる。


 その上がった正面は、再び広間になっており、赤じゅうたんがずっと続いていた。


「……なんつーか、オレの世界とあんまり変わらないデザインなんだな……」


『ノリマリスの教義は禁欲だからな。裸をデザインに使えないから似たような装飾になんだよ。やっぱ人類にエロは必須。もっとエロい城もあるべき』


「ラブホだろそれ。それが潰れて廃墟になるんだ」


 などと心温まる会話をしつつ、赤じゅうたんを進んでいく。


 進むほどにガチガチに緊張度を増していくホルシュの動きが、ロボットのようになっていく。


 それが否応なしに、女王の前に向かうのだという実感を、大介に与えていく。

 しかしその緊張感は、隣に浮かぶ神の連発される下ネタによってかき消されていく。


 そうして目の前に現れてきたのが、3メートル近い高さの巨大な玉座であった。


 玉座の下三分の一ほどの位置に、南瓜のような大きな王冠をしている人影が見える。


 王冠は世界史の教科書に出てくるヨーロッパの皇帝のそれに似ているように大介は思ったが、頂点に乗っているのは十字ではなく星だった。


 やがて、赤じゅうたんに切れ目が来た。


 まだ玉座までは数メートルあるが、要はそれ以上、進んではならないということだった。

 先端でホルシュが跪いたので、大介もそれに従う。


 玉座の両脇に、完全武装した鎧騎士が並んでいたので、もしそこから前に踏み出せば、彼らの持つハルバードが振り下ろされるに違いない。


 サキュレは見えないのをいいことに、M字開脚で騎士の前を飛び回っていたが。


 そんな不敬な存在がいるとは知る由もなく、女王は尊大なしぐさで大介たちを見下ろした。


 先ほどの神官長の見下しは本人の性格によるものだろうが、女王のそれは文字通り格が違う。生まれながらの統治者が持つ、呼吸のような見下しであった。


 その容姿もまた、生まれながらの女王。


 30にも満たない年齢だと見受けられるが、常人では出せぬ威圧感を持っている。


 真っ赤なドレスに煌びやかな宝石が散りばめられ、純白の襟は胸を大きくはだけさせる形で広がっており、そのまま首の後ろに回っていき風防のように大きくその白を広げている。


 そのはだけた胸元には、大きな膨らみがあり、かと思えばすぐ下の胴体部はコルセットによって一見、非現実的な細さを見せていた。


 だが何より特徴的なのは髪の毛であり、虹色と言おうか、アワビの貝殻の内側のように、複雑に光を反射してオーロラめいた色彩を見せており、それをハート型にまとめていた。


 手元の扇子を手慰みにしつつ、値踏みの視線を向ける女王。


「おもてを上げよ」


「は、はっ」


 女王の言葉を受けてホルシュが顔を上げる。釣られるように大介も続く。


「ふん……みすぼらしい男だ。とても勇者とは思えぬ」


「そっ、そのようなことは……」


「祝福は?」


「は?」


「その男に授けられた祝福は何だと聞いておる」


 ぎぎぎ、と油を指していない絡繰のように首を回し、大介に視線を送るホルシュ。


 彼女が小声で言う。


「そ、そういえば……貴方がノルマリスさまから授けられた祝福はなんでしょうか?」


「ノルマリスの祝福? ええと、『翻訳』だっけ?」


『イヒヒ。そうだぜ。あとはアタシ様が授けた13のエロスキル……』


「『翻訳』だけだ」


「えっ?」


 ホルシュが凍り付く。

 まるで時間が止まったかのように動きを止めた顔面は、絶望で眉根と口の端を歪めていた。


「……まずいのか?」


 大介も流石に彼女の様子から自体


「どうした? 祝福を言え」


 女王が氷のような視線を向けてくる。ホルシュはそれだけで全身を震わせた。


「そ、その……『翻訳』……です」


「当然だ。それは省略してよい。他には何がある」


「……ありません」


「なに?」


 女王は、初めて間の抜けた声を上げた。

 まるで、意識していないところから声をかけられたように、素の部分で反応したように見える。


 強いて言えば柔道初段ではあるのだが、伝わる気がしないので大介は黙っていた。


「その……ダイスケさまの祝福は……『翻訳』のみです」


「ふざけておるのかっ!!」


 女王が、大声を張り上げ、立ち上がった。


「『翻訳』だけだと? それのどこが勇者だ!! 前のマカナは、7大元素魔法を全て最高位まで備え、炎の聖剣フェニックスへの適正まであったのだぞ! それこそが勇者であろう! きさま、召喚に失敗したのを誤魔化すために、適当なカスを連れて来おったな!」


「お、おそれながら、ダイスケさまは間違いなく召喚に応じられた勇者さまです……」


「このような貧相で貧弱で平凡で凡庸で覇気もなければ祝福もない、ゴミがか!」


 並べ立てられる言葉に、大介も思わず拳を握り締める。


 勝手に呼び出しておいて、その言いようはなんだ。


 ふざけるな。


 そんな飛びだしたい気持ちを必死で抑え込む。


「もうよい!! 貴様は死刑だ!! 能無しめ!!」


 激高した女王は、扇子で首をかっきるしぐさをした。


 それに反応した鎧騎士が動き出す。


「ひっ……ひいっ!?」


「待った!!」


 立ち上がったのは、大介だった。

 さすがにもう、ガマンできなかった。


 後には引けなくなったが、むしろ清々しささえ彼は感じていた。


『よっ、待ってました! ここがアタシ様の能力の使いどころだ! 高慢ちきな女王にネジこんでやれ!!』


 誰にも聞こえない拍手喝采をするサキュレ。


 女王の顔を嘗め回すように見つめ、


『こういう女はケツが弱いんだ。アタシ様にはわかる。ここはまず『感度三千倍』にしてだな――』


「俺が魔族を追い返せばいいんだろう」


 胸を張って、言う。


『おい、違う! そうじゃねえよ! お前に求めてんのはそういう主人公ムーブじゃねえ!! 竿役だよ!! さっさと女王に淫紋描きこんで屈服させろ!!』


 先ほどの女王の絶叫と並ぶくらいにわめき散らすサキュレ。

 だが、大介は気にしない。


「……ほう。魔族を払うことで勇者であると証明するか。くくっ、くはははははは!!」


 耐え切れぬといった様子で、腹を抱えて笑う女王。


『ほら見ろ、こんなくそったれの女王だぞ! 犬みたいに後ろから突き回したいとは思わねえのかよ! それでもポコチンついてんのか!!』


 卑猥な罵詈雑言は続くが、大介は小さく「ミュート、ミュート」と呟いて取り合わない。


「よかろう。そこな神官の処刑命令は解く。責任をとって貴様はそやつを魔族まで導け」


「へ……? は、はい……」


「ふん、もういい。下がれ」


 興味を失った風の女王に、背を向ける大介。

 少し遅れてホルシュも後を追った。


 憎々しげに女王を見つめていたサキュレが更に遅れて飛び、ホルシュを追い抜く。

 そして、大介の耳もとで囁いた。


『お前、あんだけ言われて悔しくなかったのか? お前にはあの女をめちゃくちゃにできる力があんだぞ?』


「腹は立ったさ。だからって怒ったら負けだろ」


『だからお前に主人公ムーブは求めてねえ!!』

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