第3話 風俗の待合室にでも見えたのか?

 地球の存在する世界とは異なる世界ノルマース。


 それが文字通り世界の全てなのか、あくまで惑星に過ぎないのかは、少なくともこの世界の住人にはわからない。


 ノルマースとは一般にこの大地のことを指している。

 そしてこの世界の言葉で「神の残業」という意味を持つ。


 神話によれば、創造神ノルマリスは6日で世界を作り上げ、休むはずだったが、やはり思い直し、7日目に残業を行い「魔法」を生み出したという。

 そののち、神は現在に至るまで休んでいるとされる。


 いずれにせよ、このノルマースは剣と魔法の世界と相成った。

 さて、そんなノルマースにはセカンディオという地域が存在する。


 ノルマリスがまだ元気だった2日目に作ったとされる地方であり、暖流に面した比較的温暖な区域だ。


 その中央に存在するのがアーク王国である。

 女王による中央集権国家であり、版図も広く、生活水準は近隣の国家に比較して高い。


 首都のレイディアには白亜の城と称される豪奢な居城アークシャトーが存在し、それは戦の拠点としての城塞というより、宮殿であった。


 アークシャトーの尖塔は、魔法の儀式が行われる場所で、まさに今、儀式が行われているのであった。

 すなわち、勇者の召喚である。


「ふぅうぅぅぅぅぅ!!」


 大儀式たる勇者召喚を行っているのは、たった一人の女性神官であった。


 地面につかんばかりに伸びた緑色のロングヘア―は、彼女が地球の人間ではなく、ノルマースの者であることを強烈に主張する。


 そんな髪を振り乱し、魔導書片手に、捧げ持つ杖に力を込める神官。


「ホワイタースより来たれ……救いの勇者よ……!」


 この世界における魔力に相当する存在、第七粒子が青い光を放ちながら杖に集中する。


 それに呼応するように、地面に青い光の線が走っていく。

 幾何学文様を描く光は、それによって神官の眼前に魔方陣を成す。


 地球における魔方陣は召喚した魔物から召喚者を守るものである。

 ゆえにその中に入って術式を行う……と伝承にはある。


 しかし、その地球から呼び込む術式である勇者召喚はその逆であった。

 すなわち、魔方陣が召喚円となり、勇者が召喚されるのだ。


 第七粒子の輝きが空間を引き裂き――


「我らが母ノルマリスの名のもとに――来たれっ……!」


 それは出現した。


「え……きゃああああああああああああ!?」


 全裸で。


「は、うおおおお!?」


 そのAV監督……ではなく全裸勇者は、己の全裸に気づき絶叫した。


 彼は、先ほどまでの空間は、心象風景だと思っていたのである。

 だから裸になっていたのだと。


 しかし、現実は非情である。


 世界を移動できるのは、その者の肉体のみ。

 当然、今彼の隣に浮いているサキュレは知っている。


 知っているが言わなかった。


『イヒヒヒ』


 慌てふためく大介を見たかったからである。


 焦っているのは大介だけではない。

 呼び出した当人である神官まで目を白黒させて大慌てである。


 腰を抜かしてへたり込むと魔導書と杖を放り出し、両手で顔を押さえている。

 顔は茹でダコのように真っ赤に染まっているが、その隙間から眼鏡ごしにばっちり凝視していた。


「ちょっ、ここどこだよ!」


 大介は両手で股間を隠しながら、顔の傍に浮くサキュレに叫んだ。


『何だ? 風俗の待合室にでも見えたのか?』

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