第2話 想像していた『聖女』と違う!

「最初から説明すると――」と、フィリスは一呼吸おいてから話し始めた。


「この国には百年に一度だけ発動する召喚魔法がある。聖女というのは、その魔法でこの国に呼ばれる女性のことなんだ。来年がその年に当たるから、僕たちはそれを待っているわけなんだが」


「百年に一度ってことは、あたし、けっこうピンポイントでこの国に来たのね」


「僕にとっても初めての儀式になるから、文献で得た知識しかないんだが。それによると、聖女を召喚できるのは、その血を受け継ぐ子孫のみとなっている。だから、聖女が召喚されるとまず子供を産んでもらって、濃い血を残すためにその血族は近親婚を繰り返す。

 ただ残念なことに、聖女の実子の血でも呪いを消すほどの魔力はなくてね。そのせいで、聖女というのはその昔、子供を産んだ後には血を全部搾り取られて……要は殺されていた」


 彩良はその生々しい話に背筋がゾッと寒くなった。


「……それ、『聖女』とは名ばかりの生贄みたいなものじゃないの?」


「もともとは民のためにその命を捧げる尊い女性、という意味だったと思う」


「そんなの、呼び出された女性は大迷惑じゃないの!」


 彩良は思わず声を荒げたが、フィリスは動じることなく静かに頷いた。


「僕も君の言う通りだと思う。もっとも、何度も召喚を繰り返しているうちに発展してきたものもある。一度に血を搾り取って、その後何十年も誰も救えなくなるより、少しずつ血を採って聖女にはなるべく長く生きていてもらうという形に変わった。

 技術も進歩して、どれくらいの血で呪いを消す効果があるのかもわかっている。その血を長持ちさせるための研究もされて、今では丸薬の形で被害者に投与されるんだ。保存も効くようになったから、聖女が亡くなった後もその恩恵が継続的に受けられるようになっているんだよ」


 確かにフィリスの言う通り、ゲルマンド王国にあるという魔法とも違うし、彩良のイメージしていたものとも違う。


(聖女って、単なる献血要員みたいなものじゃない?)


「でも、保存が効くようになってるなら、聖女の召喚を待たなくても、薬で呪いは解けるんじゃないの?」


「残念ながら、世界中どこを探しても薬はもう残っていないんだ」


「作った薬が百年持たないほど、呪いにかかった人が大勢いるってこと?」


「それもあるだろう。でも、一番の理由は前回の聖女が召喚されて、一年も経たないうちに亡くなってしまったことなんだ。だから、遥か昔と同じ、最後には血を全部搾り取っただけで、薬もほんの少ししか製造できなかった」


「召喚されて一年で亡くなったって、いくつくらいの人だったの?」


「五十に届く年齢だったらしい」


「え、そんな歳の人も呼ばれるの?」


 てっきり若い女性だとばかり思っていたので、その答えは意外だった。


「歴代聖女についての記録を見ても、召喚される聖女の年齢は決まっていないらしい。もっと高齢の女性が呼ばれたこともあれば、成人にも満たない子供が呼ばれたこともある」


「あんまり歳を取った人だと、次の召喚に必要な子供を残せないんじゃない?」


「先代の聖女も子供を残せなかったが、その場合、その前の代の聖女の子孫が召喚の儀を執り行う。歴史上でも何回かそういうことがあったが、問題はなかったらしい」


「なら、今度の召喚も大丈夫と」


 よかった、よかったと彩良は頷いた。


「要は子供を残してもらうかどうかは、それほど重要ではないということだよ。大事なのは召喚される聖女の年齢と寿命。それでどれだけの血を得られるかが決まる。結果、その先、百年の世界の命運が決まるというわけだ」


「世界の命運? この国じゃなくて?」


「魔物の被害というのは、この国も含めて世界中に広がっているんだ。他国でも魔物の呪いを消すには、この国で作られる聖女の回復薬を使うしかない。前回のように生産量が少ないと、どうしてもこの国が優先になって、他国にまで輸出する余裕がなくなる。もっとも、この国でも十年以上前から回復薬は手に入らなくなってしまったが」


「結果、今はどこの国でも呪いにかかった人は、死ぬのを待つしかないと……」


「そういうこと」と、フィリスは小さく頷いた。


「先代聖女の寿命が短かったばかりに、どの国も魔物の被害で人口が減るばかり。世界はもう終わるところまで来ているんだ」


「でも、まだ生きている人は残っているし、あと半年ちょっと待てば聖女が現れるから、それで世界は救われるわけでしょ?」


「そうだね」と、フィリスは同意したが、どこか浮かない顔をしていた。


「何か問題でもあるの?」


「問題というか……。僕、先代聖女がどうして短命だったのか知った時、召喚の儀はやめるべきだと思ったんだ」


「病気とかじゃなかったの?」


「記録によると、その女性は元いた世界に夫や子供がいて、帰してほしいと言い続けていたらしい。毎日血を採られて、もしかしたら子供も残せるかもしれないと……その、無理やり結婚させられて、そんな毎日に心を病んでしまったんだ。そして、最後は自ら命を絶った」


 フィリスの淡々とした説明はまるで怪談話のようで、彩良は鳥肌が立つのを感じた。


(……そうよね。いきなり異世界に呼ばれて、あたしみたいに喜ぶ人の方が少ないのかも)


 血を採られるのは仕方ないにしても、好きでもない男に子供を作らされるとなると、サバイバル生活や飼い犬生活の方がまだマシに思えてくる。


「それで、フィリスは召喚に反対って思うの?」


「歴史を見ても、そういう聖女が何人もいたんだ。だからといって聖女を召喚しなければ、国どころか世界も滅んでしまう。たった一人の犠牲で何万人もの命が助かるなら、目をつぶるべき些細なことなのかもしれない。でも、誰かを犠牲にしなければ成り立たない世界など終わりにすべきなのではないか?

 結論も出ないままなのに、いざ自分が呪いにかかったからといって、聖女が召喚されるのを待つなど、身勝手な話だと思う」


 欝々としたフィリスの表情にすべてをあきらめてしまったような気配を感じて、彩良は焦った。


(ちょっと、ちょっと! ここで聖女を待つのをやめちゃったら、クエスト攻略は失敗。それどころか、フィリスに食べられて、あたしの人生まで終わっちゃうのよ!)


 このまま転がり落ちるようにフィリスの気分が沈んでいってもらっては困る。


「そんなの身勝手でも何でもないからね! 今この時も呪いにかかって、聖女が召喚されるのを待ってる人がいるのよ。あたしもその一人。それって、みんな生きたいって思うからでしょ? 生きてたら当たり前に考えることじゃないの。フィリスだって、生きるために聖女が必要だって思っていいのよ」


「そうかもしれないが……」


「だいたいフィリスがそうやって一生懸命悩んできたって、ここで死んで何もしなかったら、聖女は予定通り召喚されて、同じ歴史が繰り返されるだけでしょ? フィリスが何か変えたいと思うなら、まずは生きてないと。あたしたちは呼ばれた聖女にとりあえず助けてもらって、それから彼女が不幸にならない方法を見つけてあげればいいのよ」


「不幸にならない方法?」


 フィリスがつぶやくので、それなりに関心を引くことには成功したらしい。


「あたしね、最初に『聖女』って聞いた時、みんなの呪いを消してあげて、感謝される神様みたいな人だと思ったの。どんな世界の人も誰かの助けになったり、感謝されるのがイヤな人間はいないでしょ?」


「そうだな」と、フィリスは小さく頷いた。


「だから、血を提供するのは人を助けるためだと思えば、我慢できないことじゃないと思う。でも、子供のことに関しては、恋をして普通に結婚する自由はあった方がいいと思うの。どの道、子供を残してもらうことは重要じゃないんでしょ?」


「それはそうなんだが――」


「素敵な男性に巡り合えたら、きっと『呼ばれてよかったー!!』って思うんじゃないかなー。どこの世界にいても、運命の出会いはなかなか見つからないものって聞くし。それが呼ばれた世界で見つかったら、かなり幸せになれると思うのよ」


 彩良が元気づけるように笑顔を向けると、フィリスは束の間その顔を見返してきた。


 それからふっと笑って膝を抱きしめながら、ポツリとつぶやいた。


「……今、自分でものすごい矛盾したことを考えた」


「矛盾したこと?」


「いや、大したことではない。君の言う通りだと思って。僕にはない発想だった」


「大げさじゃない?」


「そういう君の前向きなところ、好きだよ」


 フィリスに微笑みながらサラリと言われて、彩良の心臓は急にバクバクと鳴り始めた。顔まで熱くなってくる。


(あ、あたし、こんな風に男の人に褒められることなかったから、不意打ちは心臓に悪いわ!)


 せめてもの救いは、そのセリフを言ったのがクマのようなモッサリとした男だったという点。これが麗しいイケメンだったら、鼻血を噴いて失神している。


(ああ、今さらだけど、あたしみたいな二次元専門女子が恋愛系クエストで異世界に呼ばれたはずがないわ)


 この程度で頭がパニックになるくらいなのだ。男の人とイチャラブする主人公など到底無理に決まっている。


「あ、ありがとう」と、やっとのことでお礼だけは口にすることができた。

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