クエスト5: メンタルよわよわな王子様を励ましてください

第1話 魔法がある世界だった!

 王宮に引き続き、彩良は監禁生活を送っていたが、今回は一日中話し相手がいるので退屈とは無縁だった。


 なにせ知らないことばかりの異世界なのだ。


 知りたいことは山ほどあるのに、今までゆっくり話をする相手がいなかった。


 フィリスも閉じ込められてずっと一人だったが、ここ最近は特に何かすることもなく過ごしていたらしい。おかげで彩良との話に飽きもせず付き合ってくれる。


 食事も着替えもきちんと届く。一つしかないベッドもフィリスは床でいいからと彩良に譲ってくれた。


 この異世界で初めて出会ったと言っても過言ではない紳士だ。


 ただお風呂はバスタブがあるだけでお湯がない。森の中にいた時と同様、水で身体を洗うしかないが、石鹸はあるのであの頃よりはマシだ。


 フィリスが言うには、これから気温がどんどん上がっていく夏がやって来るので、寒さに困ることはないとのことだった。


 男性と同室ということで、着替えと入浴、トイレのたびに、お互いに『ちょっと後ろを向いていて』という不便はあるが、フィリスが振り返る様子は全くなかった。


『絶対覗かれる!』と猜疑心いっぱいだったことが申し訳ない。


 彩良はというと―ついつい好奇心に負けて、一度だけフィリスの入浴をチラッと見てしまった。


 頭も髭もボウボウの『クマ王子』と名付けたいフィリスだったが、長い監禁生活のわりに均整の取れた身体をしていて、お尻もキュッと締まっていた。背も高いし、なかなかのスタイルの持ち主だ。


 若い男性のピチピチした生裸(背後のみ)を見て、興奮のあまり鼻血を出しそうになったことは、フィリスには内緒にしている。


 ともあれ、彩良にとっては牢獄とはいえ、この世界に来てから一番快適とも言える生活になっていた。




 牢獄同居生活を始めて三日目の朝、彩良は顔を洗った後、「ねえねえ」とフィリスを呼んだ。


 彼は相変わらず壁際の隅っこに座ってシーツをかぶっている。


「なに?」と、フィリスは顔を上げた。


「いつも樽にいっぱい水が入ってるんだけど、もしかして寝てる間に運ばれてきているの?」


 日中、この部屋に誰かが入ってくることはないし、ドアが開くことがまずない。もちろん食事用の小窓の高さでは、大きな樽の出し入れは無理。


 にもかかわらず、毎晩二人で入浴にかなりの水を使っているというのに、翌朝にはなみなみと満たされているのだ。


「いや、その樽は魔道具だよ。見たことない?」


 『魔道具』の一言に、彩良はピクンと反応してしまう。


「ない! ていうか、この国には魔法があるの!?」


「いや、ないが」


 フィリスにあっさり否定されて、彩良は出端をくじかれた。


「じゃあ、自動的に水がたまるようなハイテク機械でも組み込まれてるとか?」


「……はいてく機械?」と、フィリスが首を傾げる。


「君は時々奇妙な言葉を使うよね。君のいた世界の言語?」


「うん、そう。でも、あたし、その手の専門家じゃないから、あんまり突っ込まないでもらえるとうれしい。で、ハイテク機械じゃなかったら、魔道具って、つまり何?」


「魔法を付与した道具という意味だよ」


「……そのまんまの意味で、あたしも知ってたりするんだけどー。さっき魔法はないって言わなかった?」


 話が違うじゃない、と彩良は口を尖らせた。


「この国にないのは確かだよ。魔法は隣のゲルマンド王国の専売品。この国はそこから魔道具を輸入しているんだ」


「隣の国には魔法があるのね!」


 彩良はついに異世界に来た実感を得て、感動の余り涙が出そうだった。


「で? で? 魔法って、水に関するものだけなの?」


「他には火、風、土の四種類」


「そこは定番って感じね」


「定番?」


 フィリスは怪訝そうな顔をする。


「あ、気にしないで。でも、どうしてゲルマンド王国だけなの?」


「ゲルマンドは魔法使いが起こした国で、魔道具を世界各地に輸出して成り立ってきたんだ。だから、魔力を持つ者が国外に流出しないように、細心の注意を払っている」


 目が覚めるのがゲルマンド王国だったら、今頃魔法を目にするのが当たり前の異世界生活になっていたのか。そう思うと、残念でならない。


(ニアミス? なんで隣の国に来ちゃったのよー!!)


「ちなみに魔法って、どうやったら使えるようになるの?」


「魔力は代々血で受け継ぐものだから、その家系に生まれない限りは持てないよ」


「そこは突然変異的に普通の人が魔力を持つってことは?」


「まず聞いたことがないな」


「あ、そう……」と、彩良は落胆の声しか出せなかった。


(つまり、あたしがそのうち魔法を使えるようになる可能性はないと……。いや? あきらめるのはまだ早くない?)


 彩良はこの世界では異世界人。例外的に魔法が使えるようになる設定があってもおかしくない。そして、この魔法使いのいない国では唯一の人間として重宝されるのだ。


(そうよ、もともと魔法があふれてる国じゃ、チートにならないでしょ。わざわざ異世界から呼び寄せる意味もないわ)


 その方法はまだわからないが、これでつじつまの合う話になる。


 彩良がムフフッと一人笑っていると、フィリスは見てはいけないものを見たというように目をそらしていた。


「……あれ? そういえば、魔物の呪いって聖女の『魔力』で消してもらえるんでしょ? 一応、この国にも魔法はあるってことじゃない。聖女を召喚するのも魔法でしょ?」


 彩良はふと思い出して聞いてみた。


「まあ、確かに魔法の一種ではあると思うが……」と、フィリスはどこか言いづらそうに口ごもった。


「実は違うの?」


「ゲルマンドで使われている魔法とは質が異なる」


「どう違うの?」


「聖女の魔力は血に宿っていて、呪いにかかった者はその血を口にすると回復する、というものなんだ」


「え、血なの? こう、手をかざして『ヒール』とか呪文を唱えるんじゃないの?」


 彩良の質問にフィリスは『ヒールって何?』という顔をしながら、静かに首を横に振った。

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