第3話 聖女を不幸にさせない!

 その夜、彩良は寝巻に着替えた後、部屋の隅で寝る準備をしていたフィリスに声をかけた。


「今夜はあたしが床で寝るわね。これでも野宿は慣れてるの」


 もともとフィリスの部屋に彩良が押しかけてきたのだから、さすがに毎晩ベッドを占領するのは申し訳ない気分になる。


 ――が、「気にしなくていいよ」という返事だった。


「普通に気にするわよ」


「そんなに気になるなら一緒に寝ようか。ベッドはそれなりに広いし」


「それは無理!」


 彩良が即座に叫ぶと、フィリスは「冗談だよ」と笑っていた。


「寝ぼけて君を襲ってしまったら困る」


「そ、そうよね……」と、彩良は恥ずかしさに赤くなった。


 ここに来てから、フィリスは彩良に近づかないようにいつもギリギリ離れたところにいる。寝る時だけくっつくなどということはありえないのに、思わず冗談を真に受けてしまった。


「女性を床に寝かせるような教育は受けていないから、僕のことは気にしないでお休み」


 そう言って、フィリスは背を向けて横になると毛布をかぶってしまった。


(こういうところ、ほんと、紳士なのよねぇ。兄弟なのにジェニールとは大違い。母親が違うと、こうも違うもの?)


「そういうことなら、お言葉に甘えて」


 おやすみなさい、と彩良もベッドに入ったが、部屋の火がふっと消えた後、フィリスに声をかけられた。


「サイラ、君もこちらの世界にいきなり呼ばれて来たみたいだが、帰りたいと思わないのか?」


「それはまだないかなぁ。ていうか、考えたことなかったー……」


「元の世界には家族や友人もいるんだろう? 会いたくならない?」


「友達にはちょっと会いたくなる。でも、家族はこう、難しいお年頃なので、そこまで関わりたいものじゃなかったりして……。会えなくて淋しいとかはないかなぁ」


「婚約者や恋人も?」


「いないのわかっていて聞かないでねー」


 彩良は頬を膨らませたが、この真っ暗闇ではフィリスには見えないだろう。


「そこは、ほら、一応ということで……。こちらの世界で君も運命の相手を見つけたら、呼ばれてよかったと幸せに思うのか気になって」


「それはまあ、見つかればだけどー。でも、あたしの場合、どっちかっていうと、せっかく違う世界に来たんだから、恋愛よりハラハラ・ドキドキの冒険がしたいなー。そしたら、それこそ『呼ばれてよかったー!!』って大満足の人生になるわ」


「そう……」


「あっ! もしかして、今度呼ばれる聖女のことを考えてたの?」


「うん、まあ……」と、歯切れの悪い答えが返ってくる。


(せっかく前向きに聖女が現れるのを待とうって流れになったのに、またウジウジ悩んじゃってるのー!?)


「ほら、聖女っていっても、年齢も性格も違うわけでしょ? 元の世界での生活環境なんかもきっと違うだろうし。あたしみたいにこっちの世界に来て喜んじゃう人の場合もあるから、先のことを考えるなら、まずは呼ばれた聖女がどんな人か知ってからでも遅くないと思うよ」


 彩良は重々しい空気を取っ払うように明るく言った。


「……先ほど言いそびれたんだが、聖女は国王か王太子と結婚するのが通例なんだ」


「え、そうなの? じゃあ、無理やり子供を作ろうとしたのって、当時の国王?」


「そういうこと。聖女の回復薬はどの国とも破格の値で取引されるから、この国の財源になっているんだ。つまり、聖女の力を自由に扱える者がこの国の支配者になる。国王を頂点として国を統治し続けるためには、聖女に結婚の自由を与えることは難しいと思う」


「うう……その辺りの国の事情を知りませんでした。え、じゃあ、このまま聖女が召喚されると、国王かジェニールと結婚することになっちゃうの?」


「聖女の年齢にもよるが、ジェニールになる可能性は高いね」


 フィリスの言葉に、彩良はガバッと起き上がって叫んでいた。


「そんなの不幸になるのが決まってるじゃないのー!!」


「どうだろう。ジェニールは美しい女性にはやさしいと評判だから、聖女がそういう人なら問題ないかもしれないよ」


「……ねえ、フィリス? あたしが美しくないから、こんなところに放り込まれた、とか実は思ってない?」


 図星だったのか、フィリスからの返事はなかった。


「あ、やっぱり思ってたんだー!!」


「彼の好みではないかもしれないが、サイラは……かわいいと思うよ」


「そんな無理やり絞り出しました、みたいな褒め言葉はいりませーん」


「いや、そんなことは――」


「とにかく」と、彩良はどうでもいい話を打ち切った。


「いい、フィリス。あたしたちがここを出て、真っ先にすることは決まったわ。聖女がジェニールと結婚するのをなんとしても阻止するのよ。

 ジェニールって、見た目は理想を絵に描いたような麗しの王子様だけど、中身は極悪非道の虐待大好き変態王子だからね。美人にやさしいっていっても、絶対表向きだけなんだから」


 彩良の熱弁にフィリスはくっくと声に出して笑っていたが、やがて「うん、そうだな」と同意してくれた。


(……何がそこまで面白かったのか、よくわからないんだけど。すでに『お笑いスキル』を獲得していて、あたしが何を言っても笑わせられるようになったのかしら)


 ともあれ、フィリスが今日も笑ってくれたので一日無事に終了。彼が落ち込むのを引き戻しながらも順調にクエスト攻略は進んでいる。


 聖女が召喚されてここを無事に脱出できた後には、まだまだ色々なクエストが発生する予感がして、彩良としてはワクワクしてしまう。


(……けど、このクエスト、長くない? 攻略するのに半年以上かかるってことよね。けっこうチンタラ進むストーリー展開なのかしら)


 それを考えると、森でのサバイバルがひと月半で終わってよかったというものだ。


(あれが半年とか続いてたら、いつイベントが発生するかって、今頃発狂してたわー……)


 そんなことをつらつらと考えながら、彩良はいつの間にか眠りについていた。

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