第5話 続・メイド同士の内緒話

 昼休み、ティアは食堂でノーラを見つけると、半ば無理やりのように庭に連れ出した。そのまま誰の目にもつかない木陰に引っ張り込む。


「どうしたの? そんなに血相を変えて」


「ノーラさん、大変なんです!」


 ティアは今朝、食事の給仕にジェニール王子の元に侍っていた。その後一人残され、王子に命じられたのだ。


「あの娘は北の塔に収容したから、部屋は片付けておけ」と。


 どういうことなのか説明を求めたかったが、質問したところで『お前には関係ない』の一言で終わっていただろう。そうでなくても、余計な口を聞けば、それを理由に罰として鞭打たれる。


 ティアは「かしこまりました」とだけ言って、午前中はサイラのいた部屋の片づけをしていた。そして、昼休みを待ってノーラを捕まえたところだ。


「大変って、何があったの?」


 ティアの緊迫した様子が伝わったのか、ノーラも表情を引き締めていた。


「サイラのことです。王宮にはもういないんです。ジェニール様が北の塔に収容したって」


「北の塔? 呪いにでもかかっていたの?」


「違うと思います。森にいた子ですから、確かにその可能性は否定できないですけれど、少なくとも正規の検査を受けてから収容されたはずがありません」


「それは確かなの?」


「はい。医師が訪ねてくるのなら、サイラを世話していた私に連絡がないはずがありませんから。ジェニール様がサイラと二人で会ったこともなかったですし」


「いつものジェニール様らしく、あっという間に飽きてしまったのかしら」


「違うと思います……」


 ジェニール王子には口止めをされていたが、ティアは昨日、魔物が王宮に姿を見せた件をノーラに話した。


「王宮に魔物が? それ、一大事ではないの……!!」


 叫びそうになったノーラは、慌てたように手のひらで口を押さえていた。


「そうなんです。ジェニール様はサイラのせいで魔物がやってきたと。それが発覚しないように王宮の外に出したんだと思います。でも、本当に北の塔にいるのかどうか……。もしかしたら、すでに殺されてしまったかもしれません」


「それは……ジェニール様ならあり得るわね」


「サイラはジェニール様のそばにいるくらいなら、アリーシア様が戻るまで森にいた方がいいって言っていたのに……。あの時、どうにかしてでも帰してあげていたら……」


 ティアは目頭が熱くなって、こぼれそうになる涙をぬぐった。


 たとえ魔物たちが人間の天敵であっても、サイラにとっては大切な命で、それを守ろうとするやさしい子だった。ティアの訴えをきちんと聞いて、アリーシア王女に協力してくれようとしていた。


 サイラに近寄るのが怖くても、ティアは嫌いにはなれなかった。むしろ話をしていて、好感すら抱いていた。そんな子が死んでしまったというのは耐えられない。


「ティア、嘆くのはまだ早いわ。サイラは動物と違って、自分で考えて話ができる子でしょう? ジェニール様にたとえ殺されそうになったとしても、自分の命が助かるように交渉したかもしれないわ。殺されたとは限らないということよ」


「でも、サイラはジェニール様にかなり反抗的な態度を取っていて……。だから、ジェニール様が怒って殺してしまってもおかしくないわ」


「サイラの部屋は? 荒らされた様子はなかったの?」


「いいえ、もぬけの殻といった感じでした」


「そう……」と、ノーラは考え込んだように、束の間黙り込んだ。


 ややあって、改めてティアを見つめてきた。


「いい、ティア。サイラの生死を問わず、部屋から連れ出した人物が必ずいるわ。ジェニール様が自ら運び出したとは考えられないし、サイラが自分一人で部屋を出たとも考えられない」


「……そうですね」と、ティアは頷いた。


「私はその人物を探してみるわ。見つかればサイラの行方もわかる。いなくなったのは昨夜なのね?」


「はい。夕食を片付けに行った時、サイラはまだ部屋にいましたから」


「わかったわ。このことは私に任せてちょうだい。アリーシア様にも報告しておくわ。だから、ティアもあきらめないで。ジェニール様に勘づかれないようにいつも通り仕事をするのよ」


「……はい。ノーラさんの報告があるまで頑張ります」


「ほら、涙を拭いて。お昼ご飯がまだでしょう?」


 ノーラが手を伸ばしてティアの頬を拭きながら、元気づけるように笑いかけてくれた。

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