第4話 今度こそ、これが召喚理由よ!
(うーん、なんだかなぁ……)
あとひと月もすればアリーシア王女が戻って来て、彩良は魔物使いとして優遇してもらえるかもしれないところまで来ていた。
それが一転、向こう半年は監禁生活になってしまった。しかも、男性と一緒。
とはいえ、いくら魔物と仲良くなれるスキルがあっても、呪いにかかっているとなれば、この収容所に入れられたのは間違いない。
(……てことは、どのルートを選んだとしても、結局はここにたどり着いたってことかしら?)
そんなことを考えていると、突然鉄のドアから音が聞こえて、彩良はビクッと振り返った。
ドアの下の小さな窓が開いて、トレイが二つ差し込まれてくるところだった。その上にはパンとミルク、それに小さなチーズが乗っている。
「朝食ですかね?」
「いや、この時間なら昼食だろう。ここの食事は三食とも同じものだよ」
「そんなぁ!」
彩良は改めてトレイを見てショックを隠せなかった。
「こ、こんな貧しい食事じゃ、力出ないじゃないですか! 栄養も全然足りないですし」
サバイバルをしていた時の方が、毎日魚や肉をがっつり食べていた。育ち盛り、なんといってもタンパク質が一番ほしい。
こんな食事が半年も続いたら、栄養失調で死んでしまうかもしれない。
「君が食べられるようなら、トレイを下げにくる衛兵にそう伝えればいい」
フィリスに言われて、彩良は「え?」と耳を疑った。
「まさか、注文できるんですか?」
「料理屋ではないから内容までは指定できないが。普通の食事を頼めば、昼と夜は肉や野菜の入ったものになるよ」
「じゃあ、この食事はあなたがそう頼んでるからってことなんですか?」
「食事があまり受け付けないんだ」
「それでもちゃんと食べないと、身体に悪いですよ」
彩良は二つのトレイをテーブルに運んでイスに座った。
「さ、さ、いただきましょう」
フィリスはテーブルのところまでやって来たが、自分のトレイを持ってまた壁際の隅に戻っていってしまった。
「座らないんですか?」
「あまり君に近寄らない方がいいと思って」
またこの扱いかと、彩良は深いため息をついた。
「あなたも呪いにかかってるんだから、同類じゃないですか。近寄っても問題ないと思いますけどー?」
「そうではなくて、君がいい匂いで自制心を保ちづらくなる」
「きゃあ! この密室であたしにムラムラしちゃうの!?」という彩良の発言は、口にする前に訂正されてしまった。
「言っておくが、性的な意味はなくて、食欲をそそるという意味だよ?」と。
「わ、わかってますよー」と、彩良は手をヒラヒラさせながら誤魔化すように笑った。
(……そりゃあ、当たり前のように子供だって思われてたんだから、まったくもって色気なんか感じてないと思うんだけど)
それはそれで不満に思ってしまう彩良だった。
「そんなに生肉の方がよかったら、パンなんかより牛でも豚でも、そのまま出してもらえばいいんじゃないですか?」
彩良はパクリと大口でパンをかじりながら、床に座り込んでいるフィリスを見た。彼の方はちびちびとちぎったパンを口に運んでいる。
「一度血肉を口にすると、症状の進行が早まるらしい。それに生き物からも離れていた方が進行を抑えられると言われている」
「なるほど。そうやって頑張ってるから、八か月経っても普通にしていられるんですね。なら、このまま続けて行けば、聖女が現れるまで待てるんじゃないですか?」
「そうなればいいと思っているが、一年以上正気を失わずにいられたという例はないんだ。それに、ここへ来て君がやって来てしまったし」
「……もしかして、あたし、そばにいると生肉よりヤバい存在だったり?」
「おそらく」
「ごめんなさい! あたしもなるべく近寄らないようにしますからね! なんだったら、鼻つまんでいても気にしませんから!」
彩良は真面目に言ったのに、フィリスはくっくと肩を震わせて笑っていた。
「なんで笑うんですかー?」
「いや、本当に君は面白いなと思って。ここに来てから笑うことなんてすっかり忘れていたのに」
「人間、笑いは大事なんですよー。笑うと脳が活性化して、幸せホルモンが出るんですって。まあ、あたしがいると食欲はそそられちゃうかもしれないですけど、笑って過ごせれば、その分症状の進行も抑えられて、プラマイゼロ。二人で一緒に頑張って、聖女を待ちましょう」
彩良が励ますように言うと、フィリスも口元に笑みを浮かべて頷いた。
「そうだな。君と一緒にいると、未来に希望が持てるような気がしてきた」
(こ、この流れって、もしやクエスト発生!? いや、今度こそ絶対そうよ!)
どのルートを選択したとしても、最後は『魔物の呪い』にかかっていることが発覚して、彩良はこの収容所に来ることになっていた。
ここではいつ発狂してもおかしくない状態のフィリスと必ず出会う。
そして、彼に喰い殺されるかもしれないという危機的状況の中、聖女の魔力で呪いを消してもらうまで生き延びることが求められる。
これはもう強制クエストとも言えるのではないか。
つまり、彩良がこの世界に呼ばれた理由に限りなく近いと思われる。
しかも、今回は『どうやって』も明確だ。フィリスを笑わせていれば正気は保てるらしいので、そのまま半年余りを乗り切ればいい。
(……けど、それって簡単? あたし、お笑い芸人じゃないんだけど。魔物使いに関係なくない?
……あ、わかったわ! 魔物使いとは別に『お笑い芸人』的な追加スキルがあるのよ。きっと何度かフィリスを笑わせると、その特殊スキルがもらえるんだわ。
……て、なんか、しょぼくない? あたし、この世界でお笑い芸人として生きていくって設定なの?)
せっかくの異世界なのに、どうして魔法のようなカッコいいスキルがもらえないんだろうと、彩良は深い深いため息をついていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます