第2話 モフモフ違い!

 うつらうつらと開いた彩良の目にモフモフの毛がぼんやりと映った。


(わーい。久しぶりのクマ子のモフモフお布団だー)


 彩良はウフフッと笑いながら、そのモフモフを撫でる。温かくて気持ちがいい。


 もう少しこのまま眠っていたかったのに、クマ子は離れて行ってしまった。


「クマ子、もうちょっと寝ようよぉ……。そんな早起きしてもやることないし……」


 彩良が手を伸ばしてもクマ子には届かなかった。


 代わりに「君、誰?」と、静かな低い男の声が聞こえてくる。


 クマ子は女の子だ。いや、その前に人間の言葉を話すわけがない。


(……あれ? あたし、王宮にいたんじゃなかったっけ? そもそもクマ子がそばにいるわけなくて……)


 彩良は寝ぼけ眼を頑張って開いてみた。


 みすぼらしい身形の老人が少し離れたところに立っている。


 そのボサボサに伸びた白髪や髭のモフモフ感を見て、まさかと彩良は息を飲んだ。


(あたし、このおじいさんとさっきまで同じベッドで寝てたんじゃないの!?)


 老人が誰かを知る前に、彩良はガバッと起き上がり、自分の姿を見下ろした。


 とりあえず寝巻はきちんと着ているし、下着も付けているので、貞操は守られたようだ。しかし、寝ている間にあちこち触られた可能性は否定できなかった。


(いやぁ! このおじいさんに寝てる間に何されたの!? なんでこの世界、変態ばっかいるの!?)


「あの! 人の部屋に勝手に入ってきているようですけど、どこのどなたですか?」


 彩良はギロッと睨みつけて聞いた。


「勝手に入ってきたのは君の方だと思うんだが」と、思っていたより若々しい声が返ってくる。


 彩良は一瞬止まって、それからグルリと辺りを見回した。


 木製のベッドやテーブルセットはあるが、デザインや配置が違っている。部屋もかなり広くなっているし、入口のドアは確か板張りだったのに、今は金属だ。


 そして、壁の高い位置には鉄格子の付いた窓が一つ。彩良の部屋の窓にそんなものは付いていなかった。なにより、首輪も付けていないし、鎖につながれていない。


「あれ……?」と、彩良は首を傾げた。


「もしかして君、どうしてここに来たのか、覚えていないのか?」


「昨夜、どうしたっけ。確かいつもの時間にベッドに入って……ああ! 思い出したー!!」と、彩良は叫んでいた。




 昨日はジェニールの部屋を訪れて、その後ティアと話をしたりと、彩良は久しぶりにゴロ寝で終わらない一日を過ごした。


 ジェニールから部屋に閉じ込めておけという命令が下ったため、昨夜はお風呂も禁止。まあ、一日くらいかまわないだろうとそのままベッドに入った。


 ところが、ウトウトと寝に落ちようとしたその時、突然部屋のドアが開いて、二人の男が乱入してきた。


 一人はジェニール、もう一人は見たことのない中年男。貧弱な身体つきをしているが、革鎧を着け、腰に剣を差しているところを見ると兵士のようだ。


 兵士の方はドアを閉めてから見張るようにその前に立ち、ジェニールが一歩進み出た。


「お前をこのままここに置いておくのは少々問題でな。せっかく面白くなりそうだったのに残念だが――」


「あたしを殺す気!?」


 彩良はベッドから飛び降りると窓の下まで駆け寄った。鎖につながれているこの状態ではどこにも逃げられないが、それでも無意識にジェニールから少しでも離れようとしていた。


「別にここで殺しはしないさ。ちょっと北の塔でのんびりしていてもらおうと思ってな」


 ジェニールは嫌な笑みを浮かべながら言った。


「北の塔?」


「行けばわかる」


「要は場所を移動するだけの話でしょ。なんであたしがここにいるとマズいの?」


「お前が魔物を呼び寄せるようなモノと知られると、そんなものを王宮に入れた俺の責任が問われる。面倒事は避けたい時期でな」


 王位争いのことを言っているのだと、彩良はすぐにピンと来た。


「あれは魔物じゃないって話で終わったんじゃなかった?」


「俺が見間違うわけがない」


(いや、まあ、あれはあたしの勘違いだったから、この人が言ってることの方が正しかったわけなんだけど……)


 だからといって今さら、この男相手に『あたしが間違っていました』などと謝る気にはなれなかった。


「そう言ってるわりには、あれから捜索みたいなことをしてる様子がなかったけど。結局、王宮に魔物がいたって話は誰も知らないってこと?」


「口止めしただろう?」


 よかった、と彩良はこっそり安堵の息をついた。


 あの後、ピッピがまだ王宮の近くをフラフラしていて、人間に捕まったか殺されたのではないかと心配していたのだ。


(ピッピはきっと無事に逃げられたわね)


「なるほど。それであたしを移動させるわけね。それなら明日魔物が現れても、あたしがいなければ、あんたのせいで魔物がやってきた、という話にはならないと」


「そういうことだ」


 あの時点で彩良とティアの口止めをしたということは、最初からこうするつもりだったのだろう。


 思ったよりバカな王子ではないらしい。


(……いや? この場合、悪知恵が働くって言わない?)


「北の塔がどこにあるのかは知らないけど、あんたと顔を合わせなくて済みそうな場所ね。手荒なことをしないなら、あたしは喜んで行ってあげるわよ」


 どの道、アリーシア王女が戻ってくるまでの話だ。ジェニールのそばにいるよりマシに違いない。


「そう言われると、わざと手荒にしたくなるが」


 ジェニールは面白そうにニヤニヤと笑う。


(こーの、虐待好きの変態王子!)


 悪態がうっかり喉元から飛び出しそうだったが、ゴクリと飲み込んでおいた。


「ティアにも何かするつもり?」


 ジェニールはバカにしたようにフンと鼻で笑った。


「そんな面倒なことをするか。あれは俺がクビにしたら、市民権を失って路頭に迷う。それくらいなら、俺の言うことに逆らったりしないさ」


「市民権を失うって……ティアには保護者がいないの?」


「知らなかったのか?」


 彩良は無言のままかぶりを振った。


 あんなひどい仕打ちを受けても、ティアがジェニールの元で働き続けていたのはそういうことだったのだ。


(それなのに、あたし、もっとやさしい主人に仕えればいいとか、簡単に言っちゃった……)


「後は任せていいな」


 ジェニールが声をかけたのは、入口に立っていた兵士だった。


「仰せの通りに」


 兵士が頷いたのと入れ替わりにジェニールは部屋を出て行った。


 それから何があったのか、彩良は思い出せなかった。おそらく薬か何かで眠らされて、ここに運ばれたのだろう。




(あんの、クソ王子ー!! 北の塔に来るのはいいとは言ったけど、男の人と同室だなんて話、してなかったでしょうが!)

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