クエスト4: 聖女召喚まで生き延びてください

第1話 サイラの偵察結果報告会

 森の木立の上を大きな翼を広げて、スイッと飛び去る鳥の姿があった。


 白黒のまだら模様のオオカミ――ウルはその姿を視界にとらえると、すぐに走り出した。


 鳥はサイラが寝床にしていた洞穴の上の辺りで円を描くように飛び始める。同時に「ピーィッ」と鳴いて集合の合図を森の中に響かせていた。


(ピッピが戻ってきた!)


 サイラが人間たちに連れて行かれた後、どうしているのかを調べに行っていたのだ。


 ウルが集合場所にたどり着いた時には、大半の仲間たちがそろっていた。この場所はまだサイラの匂いが残っているので、皆あまり遠くに離れたがらない。


『サイラは? 元気にしてたか?』


 ピッピが岩の上に舞い降りてくると、ウルは早速聞いてみた。


『うーん、あれは元気っていうのかなぁ。毛艶はよくなってたけど、鎖につながれて、部屋の中に閉じ込められてた。人間に飼われてる犬みたいに』


『なんだと!? サイラはちゃんと人間のいるところに行ったんだろ?』


『それは、うん、確かに。王都の王宮の中にいたよ。サイラを連れて行った人間のオス、この国の王子だったみたい』


『それはマズい奴に捕まってしまったかもしれん……』


 ウルの口から唸り声が漏れた。


『うん。しかもイヤな奴っぽかった。ボク、うっかり見つかって殺されそうになったし』


『その姿を見たら人間は逃げるか、襲ってくる』


『なんか納得いかないー。ボク、襲ったりしないのにさぁ』


『え、なに、あの人間のオス、イヤな奴だったの?』


 ゴロンと寝転がって話を聞いていたクマ子がむくっと起き上がった。


『サイラのこと、鞭でぶってたもん』と、ピッピが答える。


 ウルはその言葉に血が煮えたぎるような怒りがこみ上げるのを感じた。


『サイラを傷つけるような奴はクズだ! クマ子、なんでそんな奴をサイラに引き合わせたんだ!?』


 クマ子は不満そうにプクッと頬を膨らませる。


『アタシのせいにしないでよー。この森に来るのはいつもメスの隊長だったから、あんたもそれならいいって納得したんじゃないの。たまたまあの日はオスの隊長が来ちゃっただけの話で』


『おかげでサイラはそんなオスとツガイに……』


 ウルはショックのあまりフラリと倒れそうになる。


『でも、まだツガイにはなってないんじゃないかなぁ』


 ピッピの言葉にウルの耳は素直にピンと跳ねてしまった。


『それは本当か!?』


『そこ、喜ぶところー? そのためにサイラをこの森から出してあげたんじゃなかったっけ?』


 クマ子に冷やかされて、ウルはウッと詰まった。


『そ、それはサイラが人間を恋しがるから……。けど、サイラならとびっきりいいオスを見つけられるって思ったんだ。なのに、そんなひどい目に遭ってるとなれば話は別だ』


『話は別って、どうする気?』


『サイラを助けに行く。この森に連れ戻す。ついでにサイラを傷つけたオスを噛み殺してくる』


『賛成!』と仲間たちから声が上がる。


『それはアタシも賛成するけど、どうするかが問題でしょ』と、クマ子が言った。


『どうするかって? もちろんオレが行く。サイラの居場所なら鼻でわかるし、背中に乗せて連れてこられる』


『でも、サイラがいるのは王都なんでしょ? あんたみたいにデカいのが王都の門の中に入れてもらえるわけないじゃない』


 いつも冷静なクマ子にウルはイライラを隠せない。


『夜の闇に紛れて忍び込む、という手もある』


『夜は門が閉じちゃうよ。まあ、昼でも入れるのはせいぜい人間のお供で馬とか犬くらいだけど』


 王都の様子に詳しいピッピが言った。


『オレくらいデカい犬ってのは、本当にいないのか?』


 クマ子がこれ見よがしに大きなため息をつく。


『その話、偵察を出す時もしたわよね? 魔物に見えないのはウルだけ。でも、人間の住む場所にオオカミはいないから、人里に入ったら魔物じゃなくても人間に襲われるって。それで魔物の姿だけど、空から捜索できるピッピが適任ってことになったんじゃない』


『あの時はサイラの行先がわからなかったから、ピッピの方が都合よかったってのは理解してる。けど、今度はどこにいるのかわかってるんだから、どうやって王都の中に入るか考える方が先ってことだろ?』


『どうやってと言われてもねぇ……』と、クマ子は考え込んだように唸った。


『ピッピ、何かいい方法はないか?』


 ウルは岩の上に止まっているピッピに視線を移した。


『ウルが王都に入る方法?』


『他の奴でもこの際かまわんが』


『ボクがまた王都に戻って、門の様子を見て来るとか? それなりに時間はかかるけど、何か方法が見つかるかもしれないよ』


『そうか……』と、ウルはガックリと頭を落とした。


『そこ、焦ったってしょうがないって。サイラだって一日二日でどうにかなるってものでもないでしょ? ここはピッピにお願いしましょうよ』


 クマ子がウルを励ますように言った。


『オレにはもう時間がないんだ。生きてる間にもう一度サイラに会いたい』


『ずいぶん大げさなことを言い出したわー。だいたいあんた、殺しても死ななそうな顔してるわよ。ていうか、だから今生きてるわけだし』


 クマ子はケラケラと笑い飛ばす。


 それはウルも同意する。


 今、ここに集まっている仲間たちは、他者をエサにできる力のある者か、エサにされることから逃げられる頭のある者だけ。当然のことながら、ウルは力で生き抜いてきた。


 しかし――


『笑い事じゃない! 最近、胸の鼓動が急にゆっくりになったり、耳や鼻が利かなくなったりするんだ……。たぶん死期が近い』


 クマ子は笑いを収めて真顔でウルを見つめてくる。


『やだ、真面目な話なの? でも、あんた、大人になったばっかで、まだそんな歳じゃないでしょ?』


『どっか病気なのかも。だから、死ぬ前にどうしてもサイラにもう一度会いたい。焦るなって方が無理だ』


『それはピッピに頑張ってもらうしかないわね。他にもいい案があったら、みんなで持ち寄りましょう』


『あと、できれば死ぬ前に子を残したい。サイラが産んでくれるなら、オレは何の悔いもない。こっちもいい案があったら頼む』


 ウルは大真面目に言ったのだが、『はい、みんな、今日は解散』とクマ子の号令で全員が散って行ってしまった。

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