第7話 魔王討伐は!?

「サイラはさっきの魔物とも仲がいいの?」


 ティアに声をかけられて、彩良は我に返った。


「ピッピのこと? うん、そうね」


「今朝、私が聞いたことは覚えているわよね? 魔物と仲良くなれるのかって」


「もちろん。実はそれって、この国では重宝される才能なんじゃないの?」


 彩良の言葉にティアは驚いたように目を見開いた。


「わかっていて、どうして今朝そう言わなかったのよ!」


「だって、動物と魔物の違いがわからなかったんだもん」


「そ、そうね……それは仕方がないわ。でも、そうなると話が早いわ」


「どういうこと?」


「本当だったら今朝しようと思っていた話よ。さっきジェニール様がアリーシア様の話をされていたでしょう? 魔物討伐にはいつもアリーシア様が行かれているって」


 アリーシア王女が勇者だというのなら、魔物使いだとわかった今、彩良の存在を知ってもらわなければならない。


(やっと勇者の仲間になるところまで来たわ!)


「実はあたしも詳しい話を聞きたいところだったのよ」


 彩良は興奮に鼻息を荒くしてしまった。


「サイラ、あなたにはアリーシア様に協力してもらいたいの。討伐にはいつも危険が付きものなのよ。でも、魔物と仲良くなれるあなたが一緒なら、アリーシア様を始め、兵士たちが傷つくことはなくなるでしょう?」


「……うん? ちょっと待って」と、彩良は手を挙げて止めた。


「なに?」


「魔物って、退治しなくちゃいけないの? 放っておいてもあの子たち、悪さなんかしないわよ。変に攻撃するから、逆に襲ってくるんじゃないの?」


「それはあなたが魔物と仲良くなれる特殊な存在だからであって、普通の人間に対してはとても凶暴なものなのよ。いつも血と肉に飢えていて、人間も家畜も襲うの」


「そうなんだ……。いや、でも、ごめん。あたしにはあの子たちを殺す手伝いはできないよ。あの子たちに手伝ってもらって、魔王を倒すとかそういう話なら、是非とも参加したいところなんだけど」


「魔王?」と、ティアは怪訝そうな顔をする。


「いるんじゃないの? この世界を支配しようとしている魔物の頂点みたいな大物」


 彩良が嬉々として言うと、ティアはやれやれといったようにため息をついた。


「サイラ……そんなものはいないって、五歳の子供でも知っている話よ。変な物語を読み過ぎて、現実と空想がごっちゃになっていない?」


(な、なんか、異世界の人にオタクをバカにされると、かなり腹立たしいものがあるんですけどー!? 『あんたこそ、空想の中の人でしょうが!』って言いたくなるわよ)


 彩良はくーっと拳を握りしめて、自分を抑えた。


「ともかく! 悪い奴っていうのは魔物だけで、それ以上のものはいないってことなのね?」


「いません」と、ティアにはっきり断言された。


(まさか魔王がいないとは……)


 これは困ったことになったぞ、と彩良は腕を組んで考え込んでしまった。


「どうしても魔物討伐には協力してもらえないの?」


 ティアが落ち込んだ様子で改めて聞いてくる。


「こればっかりはねぇ……。あの子たちに人間を襲うなって言い聞かせるとか、そういう話なら協力できないこともないけど」


「できるの?」


「もしかしたらって思っただけ。基本的にあたしのお願いは聞いてくれる子たちだったから」


「それはやってみる価値があるわ!」


 ティアは目をきらめかせて彩良を見つめてきた。


「……ティア、ずいぶん必死だけど、誰か大事な人が討伐隊にでもいるの? 命の危険を回避したいって思うような人」


 彩良の問いにティアは静かにかぶりを振った。


「そんな人はいないわ。私はもっと利己的な人間で、自分のためにやっていることなの」


「これがティアのためになるの?」


「あなたがアリーシア様に協力してくれるということになれば、あなたのお世話係としてアリーシア様付きの使用人にしてもらえるのよ」


 そういえばジェニールが言っていた。ティアはアリーシア王女付きのメイドになりたがっていると。


(そうじゃなくても、あのジェニールのところで働くのはイヤに決まってるでしょ。普通にイジメられてるわけだし)


「そういうことならわかったわ。そのアリーシア様が魔物を殺さないってことに同意してくれるのなら、協力するのはかまわないわよ」


「本当に!?」


「ただし、それがうまく行くかどうかは試してみないとわからないってこと、忘れないでね」


「わかったわ。それでもアリーシア様には相談することができるもの」


 ティアは彩良の想像を遥かに超える喜びようで、両手で口元を覆い、今にも泣き出しそうに目を潤ませていた。


(まあ、ティアがそこまで仕えたいって思う人なら、少なくともジェニールよりは話のわかる人なのかもしれないわね)


「あ、そうだわ」と、ティアは思い出したように口を開いた。


「サイラ、このことはジェニール様には内緒にしておいてもらってもいいかしら?」


「知られたらマズいの?」


 ティアはコクンと頷く。


「アリーシア様とジェニール様は次期王位をめぐって争っていて、今はとても大事な時期なの。あなたが国にとって有益な存在となると、見つけてきたジェニール様の功績になってしまうわ。それで王太子に決まってしまうかもしれない」


「へえ……あたしの知らないところで、そんな展開があったのね」


 王宮に連れてこられて半月、情報というものがほとんど入ってこないので、なんだか出遅れた気分だ。


「幸いあなたの特別な才能にジェニール様はまだ気づいていないわ。でも、もし知ってしまったら、あなたを手放したりしないでしょう。だから、アリーシア様の元へ行くまでは、秘密にしておきたいの」


「道理で二人が仲悪そうだったわけね。ティアはアリーシア様に王太子になってもらいたいの?」


「ええ、もちろん。アリーシア様の方が次期国王にふさわしい方だわ」


「いや、まあ、あのジェニールが国王になったら、国が崩壊しそうな勢いよね……」


「ただ、アリーシア様は今遠征に行かれていて、しばらくは王都にいらっしゃられないの。でも、お帰りになったら、真っ先にあなたに会いに来られると思うわ」


「それはいつ頃なの?」


「長い遠征だから、ひと月後くらいかしら」


「それは長いね……。少なくともあと一か月はこの監禁生活が続くわけだ」


「なるべく居心地よく過ごせるように私も頑張るから、それまで我慢してもらえない?」


 ティアは『お願い』というように手を握り合わせた。


「ジェニールと顔を合わせずに済むなら、それはそれでいいんだけど。でなかったら、そのアリーシア様が戻ってくるまで、森で生活していた方がマシよ」


「なら、その辺りのことはノーラさん――アリーシア様付きのメイドなんだけれど、彼女に相談してみるわ。だから、早まったことはしないでちょうだいね」


「了解しましたー」


「そろそろお夕食の時間だから、私も仕事に戻らないと。後で夕食を運んでくるわ」


「うん、よろしく」と、彩良はティアが出ていくのを見送った。


(さて……色々想定していたストーリーが崩壊の兆しを見せているんですけど?)


 勇者と一緒に魔王討伐に行く気満々だったというのに、まさかの魔王のいない世界。魔物退治だけでラスボスがいないのでは、いまいち盛り上がりに欠ける気がする。


 しかも魔物たちと仲良くなってしまった今、殺そうとするなんて裏切り行為にしかならない。


 この先、魔物使いとしてこのスキルをどう使っていいのかも不明になってしまった。


 もう一つの目的だろうと想定していた恋愛路線も現在立ち消え状態。愛が芽生えてハッピーエンドになると思い込んでいた王子様は、悪役でしかなかった。


(いったいあたしは何の目的でこの世界に飛ばされたの?)


 まさかここまで来て最初の疑問に戻ってくるとは思ってもみなかった。


 ともあれ、次のイベントが発生するのは、アリーシア王女が戻ってきてからというのは間違いない。


(ここは果報は寝て待てってことかしらね……て、まんまゴロ寝して待つことになるけど)

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