第2話 これが正規ルートなんですか?

「聞くまでもないという顔ね」と、ティアが肩をすくめる。


「養護院というのは国の施設で、亡くなった親が財産を残したか、その子自身が特別な才能を持っていて、それを担保に成人するまで預かってくれる場所なの。誰でも入れるところではないわ」


「特別な才能でもいいの?」


「持っているの?」


「テイムの特殊スキル! あたし、猛獣使いなの。どんな動物とも仲良くなれるのよ!」


 彩良が胸を張って答えると、ティアは困ったような顔で目を泳がせていた。


「国にとって役に立ちそうな才能とは思えないけれど、万が一ということもあるから、私が判断できることではないわ」


(……あれ? もしかして猛獣使いって、あんまり価値ないの? それとも知られていないだけ?)


 きっとそうだわ、と彩良は理解した。


 わざわざ異世界から呼び寄せたのだから、この国でありふれた職業ということはありえない。


 道理で彩良が『テイムのスキルがある』と言った時、ジェニールや兵士たちが『何だ、それは?』的な反応を見せていたわけだ。


(……てことは、みんなに猛獣使いっていうジョブについて知ってもらうところから始めなくちゃいけないわけで――もしかして、これが最初のクエスト!? きっとそうよ!)


 クエストが発生しているからには、まずは情報集めからだ。幸い目の前には情報源がいる。


「ねえ、じゃあ、逆に養子先もなくて、養護院にも入れない未成年は、どうやって生きていくの?」


「物乞いでもして自力で生きていくか、衣食住を保証してくれる主人を見つけるしかないわね。要は野良犬と同じということよ」


「それでこの扱いも当然と……」


 人間らしくサバイバルで生きるか、犬のようにジェニールに飼われるかと同じ意味でしかない。


 今のところこの異世界において、彩良の選択肢は二つしかないということはわかった。


(……て、究極の選択じゃないの)


「でも、野良犬と違って人間の場合は、いくら主人でも殺してしまったら、殺人罪になるところは違うかしらね」と、ティアが付け足した。


「けど、市民権がないってことは、この国に住んでるって登録みたいなのがないんでしょ? 人知れず殺されちゃっても、誰にもわからなくない?」


「まあ、そうね」と、ティアは頷く。


「市民権を持っていないということは、つまりそういうことなのよ。国にとって、いてもいなくてもどうでもいい存在ということ」


「子供には厳しい世の中なのね……。それで、そういう子供が成人したらどうなるの?」


「仕事は十三歳からできるから、きちんとお給金をもらえる仕事が見つかれば、雇い主と交渉して市民権の申請ができるわ。

 ただ、そういう子供は学校にも行っていないから、識字率も低いし教養もなくて、なかなか雇ってくれるところがないのが現状ね」


「十三歳から仕事ができるの? あたし、普通に職探しできるじゃない」


「え!? あなた、私より年下ではないの?」と、ティアが目を丸くする。


「はぁ!? あたし、もうすぐ十六になるんだけど」


「嘘でしょう? 年の数え方、間違っているわよ」


「間違ってない! だいたい、ティアはいくつなの?」


「十三歳よ。去年学校を卒業して、今年から働いているの」


 彩良は自分よりふっくらと膨らんでいるティアの胸を唖然と見つめてしまった。


(こっちの人って、発育がいいのね……。てっきり同じくらいの歳かと思ってたのに)


「ちなみに十三歳から働けるってことは、それが成人年齢になるの?」


「成人は十五歳。金銭に余裕のある家の子は十五歳まで上の学校に行くの。その方がもちろんいい職に就けるわ」


「その辺りはあたしの国とおんなじだわ。てことは、あたし、成人ってことで、やっぱり仕事を見つけるしかないってことね」


「その年齢が正しければ、だけれど」


「証明しようがなくない?」


「だから、見た目で判断するしかないのよ」


「それじゃ、あたし、いつまでも子供だと思われて、仕事させてもらえないってこと!?」


 たとえこの監禁生活から抜け出せたとしても、仕事がなければ当然お金は入ってこない。生活が成り立たなければ、物乞いをして生きていくか、さもなければサバイバルに逆戻りだ。


(ちょっと待ってぇ……。猛獣使いとして冒険者ギルドなんかに登録して済む話じゃないの?)


 彩良が考え込んでいると、ティアがしげしげと見つめながら声をかけてきた。


「ねえ、サイラ。改めて確認するけれど、これはサイラが普通の人間だったら、という例え話よね?」


「いや、まあ、仮にという話ではあったけど」


 なぜそこに話が戻る? と、彩良は眉根を寄せた。


「サイラが魔物の森に棲んでいた得体のしれないモノだということを忘れてはいけないわ。そんなものを拾ってくるのは物好きなジェニール様くらいで、仕事がどうの以前に普通の人間ならまず近寄ったりしないわ」


 ティアに真面目な顔ではっきりと言われ、彩良はバタッとテーブルに伏せた。


「あたしが人間だって、どうやって証明すればいいのよー……」


「あらやだ、長くなってしまったわ。そろそろ戻らないと」


 情報源ティアはそう言って彩良を残し、夕食のトレイを持って部屋を出て行ってしまった。


(……ええと? ティアの話が本当なら、森で誰かと遭遇したとしても、普通ならあたしなんかに近づかないってことよね?)


 つまり、ジェニールが相手でないと何のイベントも発生しないところだった。


 道理で彩良に選択権のない強制イベントだったわけだ。


 その結果の監禁生活もまた当然の成り行きとなる。


(あれ? じゃあ、この監禁生活から抜け出すことを考えるのは、間違ってるってこと?)


 猛獣使いの価値をみんなに認めてもらうのなら、この王宮にいた方が手っ取り早く済むような気がしてきた。


 ジェニールは中身がどうであれ『王子様』だ。つまり、この国の権力者。せっかくそういう人物と出会っているのだ。このチャンスを利用しない手はない。


(そう、これこそがクエスト攻略のための正規ルートなのよ!)


 とはいえ、次なるイベントが発生するまで、いったいあと何日この生活を送るのか。


(それまで犬扱いに耐えなくちゃいけないって、この設定ひどくない?)


 彩良はそんなことを思って、束の間放心してしまった。

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