クエスト3: 極悪非道のご主人様には逆らわないでください

第1話 ハピエンはお妃様生活!?

 時が経つのは早い。


 彩良が王宮に連れてこられて、すでに半月が過ぎようとしていた。その間、ジェニールと顔を合わせたことは一度もない。


 王子様というのは意外とお忙しい立場の人らしい。どうやら彩良の優先順位は低いようで、完全に放置状態に入っている。というより、実は忘れられてしまったのではないかと疑っている。


 ティアの話によると、ジェニールは動物虐待を趣味にするような極悪王子様らしいので、うっかり余計なことを言って、鞭で打たれるよりは会わない方がマシなのかもしれない。


 しかし、猛獣使いとして勇者パーティに入れてもらうには、直接本人と交渉しなければ何も始まらない。ジェニールに会わない間に、無駄に時間が過ぎて行ってしまっている気がする。


(これじゃ、ちっとも先に進まないじゃないのー!!)


 よくよく考えた結果(ヒマなので)、これこそが彩良に課されたこの異世界での使命なのではないかと思い当たった。


 彩良のミッションは動物虐待が趣味という王子様を改心させ、人や動物の命を大切にするやさしい人間になってもらうこと。


 そして、ジェニールはそのことに気づかせてくれた彩良に特別な感情を抱くようになるのだ。


『俺は今までなんてひどい人間だったんだ。君のおかげで世界が違って見えるようになった。これからもずっとそばにいてほしい』


 そんなセリフでミッションは完了。その後は王子のお妃になって悠々自適な王宮生活を送るハッピーエンドとなる。


 こんなベタなラブストーリーのために、わざわざ別の世界から誰かを呼んでくる必要があったのか、という疑問はもちろんある。


 しかし、一癖も二癖もありそうな王子様を改心させられるような運命の相手となると、そう簡単には見つからないものなのかもしれない。


 いや、それよりももしかしたら、ジェニールがこの先、世界を変えるような偉業をなす国王になるという設定が考えられる。


 そのためには異世界から呼んだお妃のナイスな助言が必要とされるに違いない。


 そうでなくても、ここは鞭打ちが当たり前に横行する野蛮な国。その他にもこの国には改善の余地があることはたくさんあるはずだ。


 それには彩良の育った自由で平等な国での知識は大いに役立つことだろう。


(……けどなぁ。そういう設定なら、なんで猛獣使いのスキルなんて与えられてるの? 単に森の中でも生き延びられただけで、この先、王子様を手助けするには不要な能力じゃない?)


 それとも、いつか使う時が来るのだろうか。


 少なくとも魔物はいる世界なので、いずれは魔王討伐クエストが発生する可能性はある。その時、彩良も猛獣使いとして参加するのかもしれない。


 恋が始まったばかりの二人が助け合いながら命をかけた戦いに挑む。その最中、吊り橋効果的に愛が深まってもおかしくない。


 そして、魔王を倒して世界に平和が訪れた暁にはハッピーエンド。


 どちらに転んでもお妃様生活は待っている。


 そんなことを考えて、彩良はムフフッと一人ほくそ笑んでしまう。


 とにもかくにも、ジェニールに会わないことには何も始まらないのだが、一向にお呼びもかからず、彩良はただ時間が過ぎていく毎日を送っていた。




 食事は朝昼晩と運ばれてきて、服――前ボタン付きのロングTシャツのようなもの――も毎日洗った物に取り換えられる。


 トイレはフタつきの桶が部屋に置かれ、用を足すたびにきれいな物と交換。


 お風呂に関してはまた庭で洗われそうになったのを断固拒否して、非常に不本意だが、暴れないことを条件に使用人用の浴室を使わせてもらえることになった。


 もっとも首輪と鎖付きでティアの監視の下での入浴にならざるを得なかったが、女の子同士なので許容範囲ということにしておいた。


 それでもサバイバル生活に比べたら、衣食住が充実しているだけ天と地ほど差がある快適さだ。


 しかし、初日はともかくそれ以降は、ティアはやって来てもさっさと用事を済ませるだけで、必要な話くらいしかしない。


 ひと通りの物がそろってしまえば、彩良は特にやることがなかった。


 つまり、毎日食っちゃ寝生活。飼い犬の生活とはこんなものかとしみじみと思う。


(……て、まんまじゃん!)


 首輪をつけられて、鎖の長さ分の自由しかない。居心地よくなった部屋も実のところ、犬小屋でしかない。


(ちょっと待って……。そもそも、どうしてあたしが犬扱いされて満足しなくちゃいけないわけ? これならサバイバルしてる方が、よっぽど人間らしかったじゃないの!)


 生きるのに必死だった森での生活と比べて、うっかり『快適だなー』などと思ってしまったが、よくよく考えてみれば監禁生活以外の何物でもなかった。




 その日、夕食のトレイを片付けに来たティアに彩良は声をかけた。


「そろそろあたしが人間だってわかってもらえたと思うんだけど……そんな目で見ないでくれる?」


 ティアは無言のまま疑り深い視線を向けてきたのだ。


「いや、もういい。仮にあたしが人間だとして、こういう扱いはおかしいと思わない? あたしの国では監禁罪っていって、人間の自由を束縛するのは罪になるんだけど。この国にはそんな法律はないの?」


 彩良は開き直って穏やかに聞いてみた。


「あるわよ」と、ティアはあっさりと答える。


「あるの!? じゃあ、これは問題じゃ――」


「でも、監禁罪が適用されるのは人間かどうかの問題ではなくて、市民権を持っているかどうかの問題なのよ。サイラは持っていないでしょう?」


「市民権……て、何?」


「知らなくても当然よね」


 ティアは面倒くさそうにため息をついてから、ベッドに腰かけた。


「もしかして説明してくれるの?」


 ティアが頷くのを見て、彩良はニコニコと笑顔になってしまう。


「市民権というのは、子供が生まれた時に親が市庁舎に届け出をして得るの。未成年の間は親に面倒を見てもらって、成人したら仕事をして納税する限り、その権利は継続するものなのよ」


「あたしの国も似たようなものかな」


 出生届や住民票が彩良の頭に浮かんだ。


「だから、保護者のいない子供は誰かの養子になるか、養護院に入るかしない限り、市民権はもらえないの」


「じゃあ、あたしの場合はその養護院に行くのが手っ取り早いってこと?」


「サイラに財産でもあればの話だけれど、あるの?」


「ざ、財産……?」


 彩良はこの異世界でなくても「今月も赤字だわ!」という母親の言葉を聞きながら育ってきたのだ。まったくもって縁のない言葉が出てきてしまった。

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