第5話 選択肢、間違えた!

 彩良がしんみりとした気分でいたのも、先ほどのメイド少女が食事を運んで来るまでの間だった。


 トレイの上に乗せられた具だくさんのシチューらしき物から、ホカホカの湯気と共にバターのような甘い香りが漂ってくる。


 彩良の素直なお腹は恥ずかしいほど大きな音で鳴ってしまった。


(久しぶりのお料理よー!!)


 いただきます、と早速スプーンを取り上げようとした時だった。


「え、スプーンを使うの!?」と、当たり前のことに激しく驚かれた。


「……使わないでどうやって食べるの?」


「犬みたいに食べるのではないの? だから、冷ますために一応持ってきただけなんだけれど」


「あのねぇ……」と、彩良は脱力してしまう。


「さっきも言った通り、あたし、普通に人間だから。食器も使うし、そもそもこんな地ベタでご飯食べたりしないし。できればテーブルとイスも用意してほしいところよ」


 少女は胡乱な目で見つめてきたが、やがて「わかったわ」と頷いた。


 彩良は改めてスプーンを取り上げ、熱々のところを一口食べてみた。


(ほうほう、普通のクリームシチューじゃない。お野菜色々、お肉も入ってるわ)


 異世界の料理はおいしくなくて、主人公が料理を作ってみんなを驚かせる、などというシーンがよくあるが、ここの料理は彩良が文句を言う必要はないらしい。


(……いや、まあ、文句言ったところで、自分で料理できないから、そんな芸当はそもそも無理なんだけど)


 サバイバル中、素材そのままの食事しかしてこなかったことを思えば、味のついた料理というだけで贅沢だ。


 熱々のシチューは冷えた身体を温めてくれるし、添えられたパンも香ばしくてフワフワ。文句など言っている場合ではない。


 彩良が夢中でモグモグ、ガツガツ食べている間、メイドの少女はドアの前に座って、無言のまま彩良をじいっと見守っていた。


「……ええと? あなたがあたしのお世話係なの?」


 あっという間に空になったトレイに「ごちそうさまでした」と、手を合わせてから彩良は聞いてみた。


 お腹が満たされたせいか、気分はすっかりリラックス。先ほどまでは空腹のせいで余計に疲れも感じていたらしい。


「まあ、そういうことになるんだけれど」と、少女は頷いた。


 その顔には思いっきり『不本意だ』と書いてある。


「普段はジェニール様とかいう人に仕えてるの?」


「そうよ。一番下っ端だから、みんながイヤがる仕事を押し付けられるの。もっとも、私が一番役立たずだから、仕方ないのかもしれないけれど」


(あたしのお世話はそんなにイヤな仕事なの? あたし、意地悪とかしないわよ?)


 ひどい誤解だと、彩良は内心ムッとしたが、ケンカになっては話を続けられない。


「……あ、ねえ、そのジェニール様って? この国の王子様なの?」


「ええ。国王陛下の第二王子殿下よ」


(よし、ここは間違っていなかったわ!)


 彩良はムフフと思わず含み笑いをしてしまう。


「そういえば、ここに来てから一度も顔を見せないんだけど、どうしてるの?」


「今日はお疲れになったとのことで、食事の後はお休みになられたわ」


(連れて帰って、いきなり放置する!? 様子くらい見に来るのが普通でしょうが!)


 ――と、目の前の少女に文句を言っても意味はないので、彩良は開きかけた口を無理やり閉じた。


「あの、なんであたしを連れてきたのか、ジェニール様は何か言ってなかった?」


「特には。ジェニール様は珍しい動物がお好きで、今までも色々な動物をここで飼っていたの。あなたもそれと同じだと思うわ」


「ここ、動物用の部屋なの!?」


 少女にあっさりと肯定されて、彩良は軽くめまいを覚えた。


 道理で何もないし、そのわりに鎖をつなぐ柱がしっかりあるわけだ。


(これ、連れてこられて真面目に失敗だったんじゃない……?)


 あの時は『必死に抵抗して逃げる』という第三の選択肢が正解。どうせ軌道修正してもらえるのなら、別のイベントが発生するのを待つべきだった。


 そちらの方がもっと楽なストーリー展開が用意されていたに違いない。


 まさかの珍獣として飼われるルート。これは絶対取ってはいけない選択肢だった。


(あの美しい外見に騙されたー!!  どう見てもヒロインの相手役じゃないの! 恋愛絡みの冒険物を期待しちゃうでしょ!? うん? いや、ちょっと待って――)


 ジェニールが動物好きというのは、猛獣使いである彩良と共通する部分にはなる。それをきっかけに愛や友情が芽生える可能性はゼロではない。


 なにせ彩良は『動物』ではなく、れっきとした『人間』。同じ種族なのだから、話せば通じ合えるはずだ。


(ここは事前に情報収集しておかなくちゃ)


「今は他にどんな動物を飼ってるの?」


「今は一匹もいないわ」


「え、そうなの?」


 少女の返事は意外だった。動物好きというからには、てっきり王宮の一角が動物園のようになっているのかと思ったのだ。


「ジェニール様は……言うことを聞かない動物を調教するのがお好きなの」


 少女は気遣わし気に彩良をチラチラ見ながら言った。


「調教? 芸を仕込むとか?」


 そういえば、森でジェニールに会った時に、そんなようなことを言っていた気がする。


「そうではなくて……動物を鞭で打つのが好きという意味なんだけれど」


「それ、動物虐待だから!」と、彩良はとっさに怒鳴っていた。


 一瞬でもジェニールを『動物好き』と思ってしまった自分がバカに思える。


「この国ではそんなことが許されるの!?」


「言うことを聞かない時は、飼っている動物であれ使用人であれ、所有している主人の権限で鞭を打つことは認められているわ」


 少女は居心地悪そうに自分の左手の甲をさすりながら答えた。


 彩良が唖然としたまま少女の左手に視線を落とすと、そこにはピンク色のミミズ腫れが幾筋もついていた。


「……それ、ジェニールにやられたの?」


「言ったでしょう、私が役立たずだって。失敗ばかりしてしまうの」


「けど、失敗するたびにそんな風に鞭で打たれてたら、余計に緊張して失敗しちゃうんじゃない?」


「その通りよ。ジェニール様が怖くて、目の前に出るだけで震えてしまうの」


「他の主人もみんな同じ感じなの?」


「それは――」と、少女は言いづらそうに口ごもってから首を横に振った。


「みんながみんなというわけではないと思うわ。私はジェニール様にしかお仕えしたことがないけれど」


「だったら、もっとやさしい主人に勤め先を変えればいいじゃない?」


「私だってジェニール様になんて仕えたくなかったわ! でも――」


 少女ははっとしたように言葉を切った。


「でも?」


「今のは聞かなかったことにして。お願い」


 少女のあまりに深刻な表情に彩良はそれ以上問いただすことはできず、「わかったわ」と頷くしかなかった。


「そういうことだから、あなたもジェニール様に逆らったり、機嫌を損ねるようなことをしてはダメよ。言葉がわかるんだから、できるでしょう?」


 少女は気を取り直したように言った。


「そりゃまあ……。けど、理不尽なことを言われたら、やっぱり聞けないかも」


「それだと死ぬほど鞭打たれるだけよ。そうやって死んでしまった動物がたくさんいたって聞いているわ」


「……それで、今は動物が一匹もいないの?」


 彩良の問いに少女は無言で頷いた。


「その代り、ジェニール様は従順な動物にはすぐ飽きてしまうから、しばらくすると里子に出されるの。あなたもおとなしくしていれば、いずれ解放してもらえるわ」


「ご忠告ありがとう」と、彩良は軽く頭を下げた。


「……いけない。すっかり話し込んでしまったわ。着る物と毛布だったわね。用意してもらっているから、食器を下げてから持ってくるわ」


「うん、よろしく」


「それで、寝床はどんなものがいいの? 毛布だけあればいい?」


 彩良は何度同じ説明をするのかと、深いため息が出ていた。


「だーかーら、あなたが寝ているような場所と同じでいいって。ベッドに枕と掛布団、そういう当たり前の寝床。あと着る物とは別に寝巻もあった方がいいかな。それから――」


 ついでだからと、必要な生活用品を思い付く限り言ってみた。


「わかったわ」と頷いた少女はその後、彩良の要求した物をおおよそそろえてくれた。


 おそらく聞き流されただろうと思っていたテーブルとイスも運ばれてきて、寝る頃には人間の住むまともな部屋にすっかり様変わりだ。


(何気に優秀なメイドさんなんじゃないの)


「あ、まだ名前を聞いてなかったんだけど。あたしはサイラよ」


 最後に部屋を出ていく少女に向かって、彩良は慌てて声をかけた。


「あら、やだ、考えてもみなかったわ。話ができるんだから名乗るべきだったわね」


(『優秀』、訂正していい? あたしは言葉が話せない動物たちにだって、ちゃんと名乗ってたわよ)


 いつまでたっても彩良を人間だと認識してくれないこの少女は、ティアという名前だった。

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