第4話 首輪と鎖って必要なの?
「きゃあぁぁぁ!」
――と声を上げようとしたところ、大男は用事は済ませたとばかりに彩良を一人残し、さっさと部屋を出て行ってしまった。
(……あれ? 期待外れ? いやいやいや、あたしは期待なんかしてないわ! そもそも『期待』じゃなくて『推測』の間違いよ!)
そんな言い訳を一人ブツブツつぶやきながら床に転がっていると、再びドアが開いて、今度はメイド姿の少女が恐る恐るといったように入ってきた。
先ほど身体を洗ってくれたメイドたちより年若く、彩良とさほど歳は違わないように見える。赤味のかかった栗色の髪に明るい茶色の目がクリクリとしていて、小柄な姿はリスのようだ。
「お願い、噛みついたりしないでね。これをつけたら縄をほどいてあげるから」
おっかなびっくり近寄ってくる少女の手には、鎖の付いた鉄の輪が握られている。
「……それ、何?」
大男に担がれたおかげか、だいぶ身体が温まって、彩良の口からはスムーズに言葉が出た。
一方、少女の方は飛び上がらんばかりの勢いで驚いて、鉄の輪を落っことしていた。重そうなそれは、石の床に当たってガシャンと派手な音を立てる。
「あ、そ、そうか。言葉を話せるんだったわね」
少女は思い出したように言った。
「うん、普通に話せるから、聞いてるんだけど」
「これはあなたをつないでおく首輪と鎖よ。あなたもそのままより自由に動き回れる方がいいでしょう?」
「そりゃそうだけど……て、鎖につながれて自由も何もあったものじゃないでしょ! そんなの付けなくても逃げたりしないから、真面目にやめてよ!」
彩良は叫びながら身をかわそうとしたが、グルグル巻きにされている状態で、イモ虫のように上手に這うことはできなかった。
「ジェニール様の命令だから、従わないと叱られるの。ごめんなさい」
少女はおどおどと怯えた様子で彩良の顔色を窺ってくる。そんな彼女があまりに憐れすぎて、彩良はあきらめの境地で抵抗するのをやめた。
「……わかった。とりあえず付けてもいいわよ」
少女はやはり恐々といったように彩良に近づくと、拾った首輪を彩良の首にカシャンとはめた。そこから伸びる鎖は窓際の柱に括り付けられる。
思ったより首輪も鎖も重くない。鎖も充分長さがあるので、確かにこの部屋の中くらいは自由に動き回れそうだ。
それからようやくその少女の手で手足を縛っていた縄がほどかれた。半日以上縛られ続けていた手足は完全に強張っていて、赤い痕を残している。
(もう、なんでこんな目に……)
彩良は赤くなった手首をこすりながらため息しか出てこなかった。
「何か欲しいものはある?」
少女に問いかけられて、彩良は反射的に「食べる物!」と叫んでいた。
少女は驚いたようにビクッと身を引く。
「あ、ああ、お腹が空いているのね」
「あと、あったかい飲み物と着る物。ついでに毛布かなんか、身体を温められる物も!」
とにかくお腹が空いているし、
少女は彩良の勢いに気おされたようにどんどん遠ざかっていって、最後は入口のドアにぺったりと貼り付いていた。
「あの、食べる物って、何を食べるの?」
「何って言われても……別に何でもいいんだけど」
「そう? 私たちが食べるようなものでいいのかしら……」
「いいに決まってるでしょ!」と、彩良は即座に返していた。
「でも、動物って味の付いた物なんか食べたりしないでしょう? 大丈夫?」
「……あのう、あたし、普通の人間よ? 見てわからない? 何だと思ってるの?」
「普通の人間は魔物だらけの森に住んだりできないわ」
「魔物だらけ? あたしがいた森の話?」
「そうよ、ジュードの森。ここ十年くらい魔物が増えてきて、討伐以外での人の立ち入りは禁止されているわ」
「あ、そう……」
(魔物なんていたかしら? )
彩良ははっと息を飲んで、それから頭を抱えた。
(しまったー!!)
始まりの街に一番近い森といったら、RPGでは最初のレベル上げをする場所。弱いモンスターをひたすら倒して、経験値を上げる定番スポット。猛獣使いとして仲間を作った時点で魔物退治を始めなければならなかったのだ。
(これじゃ、あたしの経験値、初期設定のまま変わってないじゃないのー!!)
そもそも順調に魔物退治をしてレベルアップをしていれば、そんな強い人間がいると王都辺りで評判になる。そうなれば、もっと早く勇者が仲間にしようと迎えにきて、今頃世界を救う旅に出かけていたかもしれない。
(……だってさぁ、いきなりサバイバル生活になるから、生き延びるに精一杯で余計なことなんて考えられなかったんだもん)
もっともひと月半のロスはあるが、こうして無事にイベントは発生。形は違えど勇者には出会えたのだから、どう転んでも最終的には決められた筋道に軌道修正してくれるらしい。
(それにしても、あの森にどんな魔物がいたのかしら)
巨大なウルやクマ子たちがいつもそばにいたので、初期レベルに最適なか弱い魔物は近づいてこなかったのかもしれない。きっと自分から探しに行かなければ、見つからないものだったのだろう。
(全部、後の祭りというやつね……)
「――食事、持ってくるわね。おとなしくしていてちょうだい」
声が聞こえて彩良が我に返ると、少女が部屋を出ていくところだった。
(人がいるのを忘れてたぁ……)
このところ人間と一緒にいることがなかったせいもあるが、彩良はもともと一人の世界に入りやすいところがある。
中学時代の友人たちはこういう時、「まーた、彩良が自分の世界に入ってるよ」、「ほら、戻ってこーい」と声をかけてくれた。こんな彩良にとても理解のあるやさしい友達だった。
不意にそんな彼女たちのことを思い出して、もう二度と会えないのだろうかと、切なくなってしまった。
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