第3話 健全な異世界モノですか？
彩良はようやくまともなお風呂に入れると喜んでいた。しかも、王宮のお風呂となればきっと大浴場だ。
（ヨーロッパ風の王宮だから、大理石の豪華なお風呂かしらねー。ライオンの口からお湯が出てきちゃう感じ？）
彩良はご機嫌で馬の背に乗せられたまま王宮の外壁沿いを進んでいった。
ようやく兵士に下ろされた時には、目の前に黒いメイド服姿の若い女性が二人立っていた。その足元には水の入った大きめのタライが置かれている。
（これで足を洗ってから王宮の中に入るのかしら。靴を履いていないと、正面から入っちゃダメ、なんて決まりがあるとか？）
そんなことを考えていた彩良は、いきなり兵士にマントをはぎ取られ、手足を縛られたまま、そのタライにドボンと突っ込まれた。
「ひゃあぁぁぁ！」
悲鳴を上げたのは水が冷たかったからではない。そんなものは川の水ですでに慣れている。
（ここ、庭なんですけどー!?）
「まさか、こんなところで身体を洗う気なの!?」と、叫ぶ前に頭からザバッと冷たい水をかけられていた。
すでに日が暮れて冷え込んでくるこの時間、さすがの彩良も寒さにブルブルと震えて歯が噛み合わない。おかげで言葉も満足につづれなかった。
手足が拘束されているので、抵抗することもできない。せめてもの救いは洗ってくれるのが女性ということくらいだ。運んできた兵士はすでに立ち去っているので、恥ずかしさはかなり軽減される。
「これ、見た目は人間の子供のようだけれど、犬用のブラシでこすって大丈夫かしら」
彩良の濡れた髪の間から目に入ったのは、長い柄のついたブラシを片手に持っている一人のメイドだった。
「いいんじゃない？ 私、いくらジェニール様の命令でも、こんなの手で洗うなんてイヤよ」
（冗談やめてー!! そんな硬そうなブラシでこすられたら、お肌がボロボロになっちゃうじゃないの！）
「せ、せ、せめて、布かなんかで、あ、ああ、洗ってくだ、ください」
最低限これは伝えないとマズいと思い、彩良はガチガチ歯を鳴らしながらメイドたちに訴えた。
「ねえ、何か文句言っていない？」
「言葉を話すっていうのは本当みたいね。ジェニール様も厄介なものを拾ってきたものだわ」
「本当に。これなら犬の方がまだマシよ」
「いい？」と、ブラシを持ったメイドが彩良に向き直った。
「やりづらいから、黙っていてちょうだい。洗い終わるまでおとなしくしていること」
まるで犬を調教しているような言い方だ。
（……もしかして、あたし、人間扱いされてなくない？）
彩良の訴えは却下されたが、幸いブラシは思っていたより軟らかいものだった。
が、石鹸をつけて身体をこすられると、そのくすぐったさに「ぶひゃひゃひゃひゃ！」と笑いながら身をよじってしまう。
（これは何の拷問よ!?）
「こら、暴れないの！」と、当然のごとく叱られたが。
すべてが終わった時には、彩良は全身疲労に立っているのも億劫なくらいだった。
すっかり冷えてしまった身体は簡単には元に戻らないが、それでも自分から漂う石鹸のいい匂いは本当に久しぶりで、癒し効果さえあるように思える。
彩良がホケホケしていたのも束の間――
「これ、さすがに何か着せないと、王宮の中を歩かせられないわよ」
「さすがに生々しいものね。でも、動物って服を着せるとイヤがるでしょう？ 暴れたりしたら大変だわ」などと、メイドたちが相談しているのだ。
（普通に服を着せてよ！）
人間の来ない森の中ならともかく、王宮の中を素っ裸のまま歩かされたら、恥ずかしさに死んでもおかしくない。
そう言いたくても、ガタガタ震える口からは言葉は出てこなかった。
「ああ、でも、手足を縛ったままでは、どの道着せられないわ。この布に包んで、そのまま部屋まで運んでもらいましょう」
そう言いながら、片方のメイドが彩良の濡れた身体を拭いた布を取り上げた。
「それもそうね。マーカスを呼んでくるわ」と、もう一人のメイドが建物の方に向かって去っていく。
よかったぁ、と彩良は脱力するほどの勢いで安堵の息を漏らしてしまった。
少ししていかにも力のありそうな大男がやってきて、その肩に彩良を荷物のように担いだ。その時すでに布でグルグル巻きにされていたので、今回ばかりは彩良も騒がずに済む。
それから、木戸をくぐって初めて王宮の中に入ることとなった。
通り抜ける廊下は薄暗く、石壁や柱がむき出しで殺風景としか言いようがない。肖像画がかかった壁や天井に光るシャンデリアといった王宮のイメージを見事に裏切ってくれる。
（もしかして、王宮の中じゃないのかしら？）
そんな疑いを持ったが、しばらく進んでいった先のドアを抜けると、そこは赤絨毯の敷かれた廊下になっていた。
壁には絵画のような見事なタペストリーが飾られ、天井からはまばゆいばかりのシャンデリアがいくつも下がっている。
まさに彩良がイメージしていた通りの王宮だった。
（おお、さっきまで通ってたのは、きっと使用人専用の通路だったのね）
彩良は炎の光で輝く廊下にうっとり見惚れながら運ばれて行ったのだが、通された部屋を見てガッカリした。
廊下と同じく豪華な部屋を想像していたのだが、ランプがポツンと一つ光るだけの薄暗い物置のような狭い部屋だった。しかも家具など何もない、寒々しいほどガランとした空間。
高窓が一つついているが、日がすでに暮れているこの時間、真っ暗闇を映しているだけだ。
そんな部屋の床に「よっこらせ」と、大男は無造作に彩良を下ろす。
ふとその男と目が合って、彩良は初めて身の危険を感じた。寒さ以上の震えが全身に走り始める。
（あたし、自分が読んでる異世界モノを基準に物事を考えてたけど、まさかのＲ指定モノ!?）
世の中には男性が喜びそうな女性の裸やエッチなシーン満載の異世界ファンタジーも存在するのだ。
彩良はピチピチの女子高生。現在、布の下は真っ裸。手足を縛られて無抵抗状態。こんな誰も来そうにない部屋に閉じ込められて、男と二人きり。
こんなシチュエーションから想像できる先の展開は一つしかない。
（あたし、このまま犯されるー!!）
彩良は慌てて逃げようとしたが、拘束されたままでは身動きが取れない。
（こ、ここはまず悲鳴を上げるところよね!?）
悲鳴を聞いてヒーローが颯爽と助けにやってくるストーリーになっていますように、と祈りながら大きく息を吸う。
「きゃあぁぁぁ！」
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