第6話 イケメン勇者様?
クマ子を追うように十頭ほどの馬が森から姿を現した。その背には金属の鎧を身に付けた兵士のような男たちがまたがっている。
瞬く間にクマ子と彩良を取り囲み、ある者は弓を構え、ある者は長い剣を向けてきた。
彩良は考える間もなくクマ子の前に躍り出ていた。通せんぼするように両手を広げて、騎馬の兵士たちの前に立ちふさがる。
「クマ子を傷つけないで!」
「小娘、邪魔だ! どけ!」と、弓を構えた男に怒鳴りつけられた。
「クマ子、逃げて!」
彩良が後ろのクマ子をチラリと振り返ると、クマ子は川に飛び込んで、勢いよく対岸に駆けて行く。
「あの子は身体は大きいけど、人間を襲ったりしない! だから殺さないで!」
彩良が男たちに訴えると、クマ子がすでに手の届かないところまで逃げたのか、あきらめたように武器を下ろし始めた。
「どうだ、仕留めたか?」
兵士たちの背後から男の声が聞こえたかと思うと、黒毛の馬に乗った青年が囲みを割って姿を現した。
歳は彩良よりいくつか年上で、輝くような金髪の巻き毛に青い瞳、抜けるような白い肌の麗しい青年だった。
深紅のロングジャケットに足にぴったりの白いパンツ、肩から羽織る黒いマント姿は物語に出てくる騎士か貴族のよう。
(イケメン、キター!! これぞイベント発生の瞬間よ! この見た目はメイン級キャラに違いないわ!)
服装から見ても、舞台は中世ヨーロッパ風らしい。にもかかわらず、言葉が理解できるあたり、異世界転移モノ特有のチート設定がしっかり組み込まれている。
「申し訳ございません、ジェニール様。この娘に邪魔をされて取り逃がしました」
一人の中年兵士がそのイケメン青年に向かって軽く頭を下げながら答えた。名前は『ジェニール』というらしい。
「魔物の仲間か?」と、ジェニールがその兵士に問いかける。
「わかりません。言葉は通じるようですが」
彩良はヨダレをたらさんばかりにジェニールをうっとりと見つめていたが、彼の方は美しい眉間にしわを寄せていた。
なんだか汚物を見るような目で、彩良の頭のてっぺんから足の先まで眺め回している。
そして、「娘というより子供ではないか」と、一言コメント。
(十五歳の女子高生を捕まえて、『子供』と称するその心は? 歳だってそう変わらないと思うんだけど? )
彩良は内心ムッとしたが、妙な違和感に首を傾げた。
そして――
「ぎゃあぁぁぁ!」と、悲鳴を上げた。
(あたし、素っ裸じゃないの!)
こんなに大勢の男の前で、大股を広げて立っている現実がすぐには受け入れられない。
パジャマのズボンは川を流れて行ってしまったが、幸い上着とパンツは洗った後、乾いた岩の上に干してある。せめて隠す物がほしい。
彩良が数メートル離れたところにあるそれらを回収しようとした瞬間、「動くな!」と鋭い声で呼び止められた。
先ほどクマ子に向けられていた弓矢や剣が、今度は彩良に向けられている。
「み、見ての通り丸腰だし、抵抗しないから、せめて服を着させてよ!」
彩良は両手を上げて降参の姿勢を取ったが、一度気づいてしまった羞恥心は簡単には消えてくれない。
顔どころか全身を真っ赤にして訴えかけたが、男たちには聞こえていないようだった。
「ほう、言葉は話せるようだな」
ジェニールが感心したように改めて彩良をジロジロと見つめてくる。
「それに黒い直毛とは珍しい」
(珍しくもなんともないけど?)
彩良がそんなことを思いながら兵士たちの髪を見ると、茶系はともかく、ピンクや水色、緑など、ずいぶんカラフルだ。染めたのか、コスプレ用のウィッグかと思う。
(うわぁ、さすが異世界。髪の色もあり得ないわ! ……なんて、感動してる場合じゃなくて、何か着させてよー!!)
「この森に棲んでいるのか?」と、初めてジェニールに問いかけられた。
「まあ、一応……」
彩良は干してある洗濯物を気もそぞろにチラチラと見ながら答えた。
(せめてパンツくらいはかせてもらえない……?)
「家族は?」
「ここには誰もいないですけど、動物たちが家族みたいなもので……あ、そうだ! あたし、テイムのスキルがあるんです!」
異世界に来て初めて人間と遭遇したのだから、明らかにイベントは発生している。
この異世界転移での彩良の役どころは『猛獣使い』。このひと月半かけてきちんと自分の役割を果たしていたことを、ここでアピールしないでいつするのか。
『おお、我は勇者ジェニール。この世界を脅かす魔王を倒すため、仲間を探していた。そなたの力は大いに役立つことだろう。さあ、一緒に参ろうではないか』
(なーんて、この超絶イケメン勇者様と一緒に魔王討伐の旅をするストーリーなんて、なかなか素敵じゃないのー!!)
彩良はワクワクドキドキ、興奮しながらジェニールのそんなセリフを待っていたのだが、彼どころかそこにいた兵士全員が沈黙し、白い目で見つめてくるだけだった。
(……あれ? 違う?)
「おかしな奴だ。まあいい。面白いから連れて帰ろう」
ややあって、ジェニールがそう言った。
「ジェニール様! こんな得体のしれないモノを連れ帰るおつもりですか!?」
先ほど言葉を交わしていた中年兵士が目を剥いて抗議する。
「所詮子供だ。魔物ほど恐れるものでもないだろう」
「そうかもしれませんが――」
「人間のような珍獣を手なずけるのもなかなか一興ではないか」
くしゃっと顔を崩して笑うジェニールの表情は、どこかイタズラ好きな子供のようにも見えた。
「ジェニール様はまた物好きな……」と、兵士はやれやれといったようにため息をついている。
(ねえ? あたしのこと、『珍獣』とか言わなかった? 勇者パーティに入れてくれるんじゃないの?)
そこで、彩良ははっと息を飲んだ。
これはきっと最初のルート分岐点なんだわ!
『その一、ジェニールについていく』
『その二、このままサバイバル生活を続ける』
この選択によって、今後のストーリー展開が大きく変わっていくに違いない。ここで間違うわけにはいかない。
(けどなぁ……)
ひと月半、森で生活したところで人間に会うことはなかったし、この他にイベントが発生する要素がない気がする。ここでジェニールについていかなかったら、死ぬまでサバイバル生活になってしまいそうだ。
(いやいやいや、それじゃ、あたしをこの世界に転移させた意味はなくなるんだから、ここで選択肢『その二』を選んでも、次なるイベントは発生するはずよ)
彩良は何やら話し込んでいるジェニール一行をじいっと眺め、このイベントに乗るか、それとも次のイベントを待つか吟味してみた。
このジェニールという青年は、姿かたちは少女マンガに出てくるヒロインの相手役そのものだ。しかし、どうも人の話を聞かないし、性格に問題がある気がする。
とはいえ、多少の性格難もヒロインの愛の力で更生して、素敵な男性に変わっていくというケースもある。
(……いやぁ、素っ裸で立ってる女の子を見たら、せめて自分の羽織っているマントを貸してくれるくらいの紳士的なところは見せてほしいわ。でないと、この先の期待が持てないわよ)
これは別のキャラ登場を待った方が正解。選択肢は『その二』に決定。
せっかくウルたちとも仲良くなれたので、もうしばらくサバイバル生活でもいいという結論に至った。
「あのう、話し込んでいるところ申し訳ないんですけど、あたし、ここを離れる気はないので、どうぞお引き取りください」
彩良が声をかけると、ジェニールが振り返った。
「俺が連れて行くと決めたからには、お前の都合など関係ない」の冷たい一言だった。
まさかの強制イベント。彩良に選択の余地はなかった。
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