第3話 テンプレは?
(……いや? これって喜ばしいこと? どうもあたしのイメージしてた異世界転移とは違う気がするんだけど)
たいてい転移の際には、それを行った神様なり召喚士なりがいて、異世界に呼んだ理由を説明してくれる。
なのに、そんなイベントが発生した記憶がない。
目が覚めた時、周りには誰もいなかったし、ただ森の中に放り出されていただけだ。
おかげで、何のためにこの異世界に飛ばされたのかさっぱりわからない。
そもそも別の世界から人を連れてくるということは、世界を救うとか新しい国を創るとか、何らかの大切な使命がそこにはある。
その目的のために、異世界人の間ではぶっとぶような魔法や特殊スキルを授けられるのがテンプレ。
もしくは、レベルアップ可能な最低限の能力をデフォルトとしてもらえる。でなければ、何の能力もない平凡な女子高生(しかもオタク)をわざわざ転移させる意味がない。
特殊能力とまではいかなくても、スマホなどチート道具でも持っていればまだしも、初期装備がパジャマの上下、その下に下着のパンツ一枚。武器も防具も薬草もなしのナイナイづくしの完全手ぶら。
せめて街や村の近くといった人間がいるところであれば情報も得られるはずだが、こんな森の奥深くでそんな相手に遭遇できる確率はかなり低いと思われる。
(それとも適当にブラブラしているうちに、イベントが発生するのかしら?)
仮にブラブラするのはいいとしても、今現在、食べる物も住むところも着替えもない。その状態で何日生活できるのか。
(イベント発生するまでに、あたし、野垂れ死んじゃうわよ! 死んじゃったら、それこそ転移させた意味がないでしょうが!)
彩良はうっかり自分の世界に入り込んでいたが、はっと我に返った。
撫で回していた獣のツノがポキッと根元から折れてしまったのだ。
「ぎゃあ! ごめん、ごめん! 痛かったよね! どうしよう!」
慌てて毛をかき分けてツノの生えていた額を探ると、十円玉ハゲが覗いていた。
ピンク色の地肌が覗いているだけで、血が出たり皮が剥けたりしている様子はない。
「と、とりあえず、隠しておいてあげるからねー!!」
彩良は取り繕うように笑いつつ、獣の額の毛をササッと撫でつけ、ハゲが見えないようにしておいた。
(怒られる……?)
申し訳ない気持ちになりながら獣を見やると、ペロリと唇を舐められただけだった。
「元に戻せる方法があるかもしれないから、これは大事に取っておくわね」
彩良は手に握れるほどの小さなツノをパジャマの胸ポケットに入れた。
「さて……」
目下の問題はこれからどうするかだ。
そんなことを考え出した途端にお腹がグウッと鳴る。
「お腹空いたー。近くに食べ物があるなんて、都合のいい話はないわよね?」
ダメモトでニカッと獣に笑いかけると、ふいっと尻尾を向けて走って行ってしまった。
「あ、待って! 冗談だって! 行かないで! 独りにしないで!」
彩良は一人ポツンと河原に残され、初めて今の今まで『淋しい』と思わなかったことに気づいた。
ここまでずっと寄り添うようにいてくれた獣の存在は、独りぼっちという状況を忘れさせていてくれたのだ。
「ご飯はいらないから、戻ってきてよー」
呼び戻したくても名前もない。あきらめきれずに森の入口をウロウロしながら待っていると、先ほどの獣はじきに戻ってきた。
「ああ、よかった。もう、どこに行ってた……の?」
問いかけて彩良の顔が引きつった。「ひっ」と声にならない悲鳴が喉を震わせる。
獣の口からモフモフの毛皮の付いた白ウサギが転がり落ちたのだ。お腹から血を流してグッタリしているところを見ると、死んでいるのは間違いない。
(も、もしや、食べ物がないか、なんて聞いたから、捕まえてきてくれたってこと?)
彩良の無言の疑問に肯定するように、獣はまるで『褒めて、褒めて』と言わんばかりに尻尾をフリフリしている。
(君の『食べ物』とあたしの『食べ物』は違うんだよねぇ……)
確かに彩良の世界にも食用のウサギは存在しているが、『料理した肉』の状態になっていなければ、食欲をそそられない。
とはいえ、人間が何を食べるのかわからない肉食獣相手に食べ物をお願いしたこと自体が間違っていた。
「わざわざありがとね。でも、せっかく君が捕ってきたんだから、自分で食べて。お腹空いてるんじゃないの?」
ヨシヨシと獣の頭を撫でてやりながら、捕まえてもらったウサギは食べていただくことにした。
(あたしにはさすがに無理だから……)
獣は彩良を見上げて『いいの?』と問うように見つめてくる。
「うん、どうぞ。あたしはお腹が空きすぎてるから、こう、お肉より果物みたいなさっぱりしたものがいいかなーって気分なの」
彩良がニコッと笑うと、獣はおもむろにガブリとウサギに噛みついた。
(うう……食べてるところは見たくない)
彩良は木の上の果物を探すフリをして、獣のお食事は目に入らないようにした。それでも骨を砕くバキバキ、ポキポキという音は耳に入ってしまったが。
(これが野生というものなのね……。さすがにドッグフードを食べてるワンコとは違うわ)
「あ、そうだ」と、恐ろしい咀嚼の音が聞こえなくなったところで、彩良は獣を振り返った。
「呼ぶのに不便だから、君の名前をつけようと思うんだけど。あたしの世界ではオオカミっぽいから、『ウルフ』から取って『ウル』っていうのはどう?」
獣は唇に残っていた血と毛をペロリと舐め取ってから、満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ、今日から君は『ウル』に決まり。あたしはサイラ。仲良くしてね」
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