結婚相談所から紹介された女性は中学校時代の初恋の人だった
春風秋雄
その写真を見て、俺の頭はフリーズした
「梅本さん、どうかなさいましたか?」
結婚相談所のカウンセラーの女性が怪訝そうな顔で聞いた。
「いや、ちょっと」
担当のカウンセラーから提示された写真を見て、俺は一瞬頭の中がフリーズした。この写真の女性は、間違いなく杉下弥生だ。プロフィールに目を通す。やはり名前は杉下弥生となっている。年齢42歳。婚姻歴はなしとなっている。杉下弥生は結婚してなかったんだ。
「どうなさいますか?この方と一度お会いしてみますか?」
カウンセラーの女性が俺に聞く。
「いや、この人はやめておきます。他の女性を紹介してください」
カウンセラーの女性は他の写真を選びだした。しかし、杉下弥生の写真を見たことで、今日は他の女性を検討する心の余裕がなくなった。俺は、今日は時間がないので、また来ますと言って席を立った。
俺の名前は梅本奏多(かなた)。42歳のバツイチだ。若い頃に一度結婚したが、お互いの価値観の違いで、結婚生活2年ほどで離婚した。それ以来結婚には臆病になっていた。もう独身で人生を終えるつもりでいた。しかし、不惑を迎えてから、将来一人で老後を過ごすことを想像すると寂しく思うようになってきた。それで結婚相談所に入会したというわけだ。不惑という言葉は論語の「四十にして惑わず」からきているらしいが、俺の場合、惑ってばかりだ。カウンセラーから女性を紹介されて、相手と会ってみても、また価値観が違ったりしないだろうか、本当に俺は結婚して良いのだろうかと、その都度考えてしまう。そのため入会して1年が過ぎたのに、いまだに交際まで発展した女性がいない。そろそろ結婚はあきらめて相談所を退会しようかと思っていた。そんなときに、杉下弥生の写真を見せられて、ますます相談所へ行く気力が萎えてきた。
俺の実家は俺が中学校を卒業するまで“梅の湯”という銭湯を経営していた。俺が小さい頃はそれなりに流行っていたようだが、どこの家庭でも家に風呂がある時代に、わざわざ銭湯にくる人は少なくなった。俺が小学校高学年の頃には経営は火の車だったのだろう。俺が中学生になった頃に、銭湯はお袋に任せて親父は建設現場に行き、夜遅くまでアルバイトに出るようになった。だからお袋が夕飯の支度など家事をしているときは、俺が代わりに番台に座るようになった。杉下弥生は近所に住む同級生だった。小学校、中学校と同じ学校に通った。何度か同じクラスになったが、特に親しく話すことはなかった。お互いに近所に住む同級生という認識だった。俺が番台に座っているときに、杉下弥生が初めてうちの銭湯に来たのは、中学2年の終わりだった。いきなりお母さんと思われる人と一緒に入ってきた。向こうも驚いていたようだが、俺はもっと驚いた。今まで男子の同級生が入ってきたことは何回かあるが、女子は初めてだった。
「梅本君?どうして?」
「ここうちの実家なんだよ。時々手伝っている」
杉下弥生は俺が銭湯の息子だということを知らなかったのかもしれない。俺の実家など興味がなかったのだろう。
「そうなんだ」
杉下弥生は困った顔をしていた。
「あ、俺は次のお客さんが来るまでは男湯で作業しているから、見ないようにするので安心して」
杉下弥生は安心したという顔ではなかったが、何も言わなかった。
「それよりどうして銭湯なの?」
「家のお風呂が調子悪くて、業者を呼んでみてもらったけど、部品を取り寄せるらしくて、明後日にならないと直らないみたい」
「そうか。じゃあ今日と明日は銭湯ということか。夜8時以降であればお袋が番台に座るから、明日はそれくらいの時間に来ればいいよ」
杉下弥生は何も言わず脱衣場へ行った。俺は番台から降りて男湯の方へ行った。男湯の脱衣場で作業をしていたが、しばらくすると女湯にお客が入ってきた。俺は番台に座り直した。お金をもらい、「ごゆっくりどうぞ」と言って、ふと顔を上げると、杉下弥生が浴場から出てくるところだった。バッチリ目が合った。俺は慌てて男湯へ引っ込んだ。
翌日、俺が番台に座っていると、再び杉下弥生が来た。しかも今日は一人だ。時計を見ると、まだ7時過ぎだった。
「ごめん、この時間はまだ番台は僕の当番なんだ」
俺がそう言うと、
「そんなの気にしなくていいよ。この時間が都合良いから来ているだけ」
と言って杉下弥生は空いているロッカーへ向かった。
その日は珍しく、次から次へとお客が来た。結局杉下弥生が脱衣して浴場へ行くまで俺は番台に座っていた。俺は極力杉下弥生を見ないようにしていたが、どうしても目の端に姿が入ってくる。男湯で作業を済まし、番台に戻ったときは、杉下弥生が使っていたロッカーに鍵が戻されていたので、銭湯を出た後だったようだ。
たった二日間の出来事だったが、俺はそれ以来、杉下弥生を意識するようになった。あれから杉下弥生は来ないので風呂は直ったのだろう。ならば、うちの銭湯に来ることは、もうない。俺はホッとした半面、残念な気持ちがあった。思春期の俺だから、杉下弥生の裸を見たいという気持ちがまったくないとは言わないが、それよりも学校以外の場所で、しかも俺のテリトリーで杉下弥生と会えたということに喜びを感じていた。
そんな俺の気持ちに神様が気づいたのか、あれから半年くらい経った頃に、杉下弥生が再び銭湯にやってきた。その頃になると、お客はほとんどいなかった。いきなり入って来た杉下弥生が「こんばんは」と挨拶してきた。
「どうしたの?またお風呂が壊れたの?」
「とうとうお風呂をリフォームすることになったの。4日間くらいお風呂は使えないみたい」
「そうか、大変だね。じゃあ僕は男湯に行っているから」
「いいよ。仕事なんだから、そんなに気を使わなくても。それに、なんだかんだいって、結局見られることになるんだから」
そんなことを言っても、俺だって見ようと思って見ているわけじゃない。それに、あれから半年経って、見るからに杉下弥生の体も成長している。俺は黙って男湯へ行った。幸いその日は杉下弥生が帰るまで他にお客は来なかったので、俺は番台に戻ることはなかった。
ところが、翌日学校へ行くと、変な噂が広がっていた。杉下弥生が家の風呂が使えない間、銭湯に行くしかないことを知った梅本が、わざわざ番台に座って、杉下弥生の裸を毎日見ているという噂だ。どうしてそんな話になるのだ?
男子からは「杉下弥生って、スタイル良いのか?」と冷やかされ、女子からは「あんた卑怯じゃない。弥生の弱みに付け込んで裸をみようなんて、最低の男」と言われる始末だ。杉下弥生はクラスが違うので、どのように噂が広がったのかわからないが、俺は学年中から変態扱いを受けることになった。俺はその日帰ってからお袋に「今日から3日間は番台に座らない」と宣言した。お袋は「食事の支度は誰がするのよ」と怒っていたが、知るものかという気持ちだった。
今考えると、あれは初恋だったのかもしれない。俺は杉下弥生のことが好きだったのだと思う。しかし、杉下弥生は俺を変態のような男と思っていて、心底困っていたのかもしれない。そうでなければ、あのような噂が広がることはない。それ以来、俺は杉下弥生と一言も口を利くことなく、中学を卒業した。そして、俺たち家族は銭湯を廃業することを決めて県内だが、他の市に引っ越すことが決まっていたので、俺は他の地域の高校に行った。だから中学卒業以来、杉下弥生とは会っていない。
結婚相談所の担当カウンセラーから電話があった。
「先日ご紹介しました杉下弥生様ですが、先方の方から梅本様とお会いしたいと申し出がありました。いかがですか?一度お会いになってみてはどうですか?」
どういうつもりなのだろう。杉下弥生は俺だと気づいて会いたいと言ってきているのだろうか。俺は少し興味が湧いて、会ってみると返事をした。
久しぶりに会う杉下弥生は、当時の面影を残したまま、大人の女性になったといった印象だった。若い頃は男性にもてただろうと思う。今は、それなりの年になって、落ち着いた、いい女といった感じだ。
相談所の職員がそれぞれのプロフィールを形式的に紹介した後、二人だけになった。
「久しぶりですね」
俺から切り出した。
「私のこと覚えていてくれたのですか?」
「もちろんです」
「中学の時、変な噂が広まったのを謝ろうと思っていたのに、その噂を知ったのは高校になってからで、その時は梅本君の連絡先がわからなかったので」
「引っ越してしまいましたからね」
「あの時は、本当にごめんなさい」
「いまさら、もういいですよ」
「私は友達から聞かれたことに答えただけなんです。お風呂をリフォームしていると言ったら、その間お風呂はどうしているのって聞かれて、銭湯に行っていると言ったら、梅の湯?って聞かれたから、そうだよと答えて。あそこ梅本君の実家だよね、梅本君番台に座ったりしないの?って聞くから、私が行くときは、いつも座っているよって答えただけなんです」
「それが、どうしてあんな噂になったのだろう?」
「多分、私から聞いた友達が他の友達に面白おかしく伝えて、それにどんどん尾ひれがついて広がったのだと思う」
「そうだったんだ。俺はてっきり杉下さんが困っていると言って友達に相談したのが広がったんだと思っていた」
「そんなこと、言うわけないじゃない。困っているなら少し離れているけど他の銭湯へ行けばいいし、梅本君はお母さんが番台に座っている時間まで教えてくれたのだから」
「そうだよ。どうして、お袋が番台に座っている時間にこなかったの?」
「まあ、それは色々とね」
杉下弥生は返事を濁した。それより、どうして俺だと知って会いたがったのかがわかった。あの時のことを謝りたかったのだ。
「それはそうと、一度結婚したんだね」
杉下弥生が聞いてきた。
「20代の前半にね。若かったんだよな。勢いで結婚したけど、お互いの価値観が違いすぎて。杉下さんは結婚の機会はなかったの?」
「それなりにお付き合いした人はいたけど、お母さんが病気で倒れてね。その看病や何やで、婚期を逃したってとこかな」
杉下弥生と一緒に銭湯に来たお母さんを思い出した。顔は思い出せないが、綺麗なお母さんだなと思った記憶がある。
「お母さんは元気になったの?」
「4年前にとうとう身罷りました。お父さんはお母さんが病気になるずっと前に離婚していたし、一人ぼっちになって落ち込んでいたけど、気を取り直して、良い人がいれば結婚しようかなと思って入会してみたの」
結構大変な人生を送っていたようだ。
「そうなんだ。色々大変だったんだね。それで、入会して結婚相手に良さそうな人いた?」
杉下弥生は、怪訝な顔をした。
「いたから、今こうやって会っているのですけど」
「それは、俺のこと?」
「そうですよ。そうでなければお見合いの申し込みをしてないですよ」
杉下弥生は本気なのだろうか。俺はちょっと戸惑った。
「私は、今日梅本君に会って、私の記憶の印象と変ってなかったから、仮交際の申し込みをするつもりです。梅本君が私とは付き合えないと思うのであれば断ってもらえばいいです」
結婚相談所のルールで、お見合いではお互いの連絡先を交換することはNGになっている。とりあえずどういう人か、もっと知りたいと思えば仮交際、つまり友達交際を申し出る。その段階で初めて相談所を通じて連絡先の交換がなされる。そして仮交際で何度か会い、良い感じになれば本交際という流れになる。
そのあと、俺たちは通常のお見合いのように、趣味の話や、好きな食べ物などの話をして、ある程度時間が経ったところで別れた。
後日、杉下弥生が宣言していた通り、仮交際の申し出が相談所を通じてなされた。俺は少し迷った。杉下弥生がどれくらい本気なのか、いまだにわからなかったからだ。しかし、結局俺は仮交際を承諾した。
杉下弥生との仮交際での初デートは、ことのほか順調だった。子供の頃の共通の話題があるということが大きい。昔の話をしていると、杉下弥生の顔が子供の頃の顔に見えてきた。すると、俺の中で当時抱いていた気持ちが静かに蘇ってきた。それと共に、あの時チラッと見た脱衣場での杉下弥生の姿を思い出し、俺はドキッとした。
何度目かのデートの時に、杉下弥生が改まって聞いてきた。
「こんなこと聞いていいのかどうかわからないけど、結婚を前提にお付き合いするには大切なことなので、聞かせてもらいたいのですが、離婚された理由は価値観の違いって言っていましたよね。具体的にどういう価値観が違っていたのですか?」
「一番の違いは子供のことだったね。俺はすぐにでも子供は欲しかった。でも妻は仕事をしていて、今は作りたくないって言ってね。妻は当面は共稼ぎでお金を貯めて、家を購入したいという意見だったんだ。俺は住むところは賃貸で充分っていう主義だったからね」
「梅本君のプロフィールには自己所有のマンションって書いてあったけど?」
「離婚して独り身になったら、お金の使い道がなくてね。それでマンションでも買うかって気軽な気持ちで買ってしまった。おかしなものだね。結局離婚しても再婚しなかったから、あれだけ欲しがっていた子供も作ることができなかったんだから」
「子供はもう諦めたのですか?もし、私と結婚しても、私の年では子供を作ることは難しいと思いますけど」
「もうこの年だからね。子供のことは考えてないよ。今から作っても、子供が成人するときには俺は60歳を超えているんだから」
「他に価値観の違うことってありました?」
「あとはお金の使い方かな。妻は趣味に結構お金を使う方だったんだ。家を持ちたいなら、そんなことにお金を使わずに貯金に回せよって言ったら、これがあるから頑張って働けるのだからと言っていた」
「この前聞いたら、今は趣味でゴルフもされているみたいですし、高価なギターも何本も持っていると言っていましたよね?」
「本当だね。今は趣味にお金を使うことが当たり前になってしまっている」
「価値観というものは、その時の置かれている立場や環境で変わるものなのでしょうかね。梅本君の言い分もよくわかるし、奥さんの言い分も私にはよくわかります。その時の状況で良く話し合って、良い方向性が見つけられたら良かったのかもしれませんね。お互いが自分の主張を言い合うだけでは解決しませんものね」
確かにそうだ。あの頃は価値観が違うと腹を立てて離婚したのに、結局子供も出来ない人生を送り、賃貸で良いと言っていた俺がマンションを購入し、そして趣味にお金を使っている。何のための離婚だったのだと、いまさらながら思った。
杉下弥生と4回目のデートのとき、俺の方から結婚を前提とした本交際を申し出た。杉下弥生は嬉しそうに「こちらこそよろしくお願いします」と返事をしてくれた。
本交際になってからは、具体的な結婚生活について話すようになった。弥生さんには家族はいないが、俺には両親がいる。まだ二人とも元気でいるが、将来的には俺が面倒をみなければならない。
「いつかは同居されるのですよね?」
弥生さんが聞いてきた。
「そのつもりだ。両親が住んでいる住居は賃貸だし、俺のマンションは3LDKで、両親と同居となると、少し狭い気がする。そうすると、今のマンションを売って、新しく家を建てるのがいいかなと思っているんだけど、どうかな?」
「私の住んでいる家はもともと母が生まれた家で、古いですけど結構広いので、リフォームするというのはどうですか?」
「そういえば、弥生さんの家に行ったことがなかったな」
「今から行ってみます?」
俺たちは弥生さんの家に行くことにした。
「もともとお母さんが生まれた家ということは、お父さんは婿養子?」
「そうです。母は一人っ子だったので、婿養子をとったんです」
「じゃあ、うちと一緒だ。うちも母のお父さんが梅の湯をやっていて、親父は婿養子できたみたいなんだ」
懐かしい街だ。引っ越して以来、この街にくるのは初めてだった。新しい建物もたくさん増えているが、昔ながらの建物やお店がまだ存在していた。梅の湯があった場所には、マンションが建っていた。梅の湯があった場所から3分程度歩いたところに弥生さんの家はあった。
「こんなに近かったんだ」
「そうですよ。ご近所さんだったんですよ」
家自体は古いが、確かに部屋数は多い。これならリフォームすれば両親と一緒に住める。
「本当にうちの親と一緒に住んでくれるの?」
「それは最初からわかっていることだから。それを承知の上で交際を申し込んだのよ」
それから各部屋を案内してもらった。最後に弥生さんの寝室を見せてもらった。弥生さんはベッドに腰掛けた。俺もその隣に座る。もう本交際なのだから、そういうことをしてもいいんだよなと、俺自身に納得させて弥生さんの肩を抱き寄せた。弥生さんは俺に身をまかせ、唇を合わせた。しばらくそうした後、弥生さんが言った。
「そういえば、私の裸を初めて見た男性は梅本君だったね」
「あれは事故みたいなものだったから」
「あの頃の私と比べないでね」
弥生さんは笑いながらそう言って、ベッドに横になった。
いつの間にか窓の外は暗くなっていた。どれくらいベッドで過ごしたのだろう。弥生さんがぼそりと話し出した。
「初めて梅の湯へ行ったとき、梅の湯が梅本君の実家だとは知っていたけど梅本君が番台に座っているとは思わなかったから驚いた。正直なところ、嫌だなと思った。だから家に帰ってからお母さんに言ったの。明日から別の銭湯に行こうって」
「なのに、どうして次の日も来たの?」
「そしたら、お母さんが言ったの。梅の湯の奏多君なら、裸くらい見られてもいいんだよ。奏多君は、将来弥生の旦那さんになる人だから。裸を見られたって、将来の旦那さんに見られているって思いなさい。だって」
「ええ?どういうこと?」
「私のお母さんと、梅本君のお母さんは小学校からの同級生だったって、知ってた?」
「そうなのか?全然しらなかった」
「私も梅本君も同じ9月生まれでしょ?二人とも同じ産婦人科で生まれたのよ。それで産婦人科で顔を合わせた母親二人が、生まれてくる子供が男の子と女の子だったら、二人を結婚させようと約束したんだって」
「そんなこと、俺は何も聞かされていないよ」
「そうでしょうね。お母さんも本気にはしてなかったんだと思う。私が梅の湯は嫌だと言ったから、私を納得させるために昔の話を引っ張り出してきたんだと思う」
「それで次の日も梅の湯にきたんだ?」
「私ね、小学校の時から梅本君のことが好きだったの。でも梅本君は私のこと、全然気にもとめてないみたいだったから、このまま片思いで終わるのだと思っていた。でも、お母さんに、将来の旦那さんと言われて、とても嬉しかった。本当にそうなったらいいなと思ったの。でも許嫁とかそういう時代じゃあないし、いくら親同士が決めても梅本君が嫌だと言ったら結婚なんかできない。だから、この機会に私のことを意識してほしいなと思ったの。そのためには多少裸を見られてもいいやって思ってね」
「そうか、その作戦は成功していたね。俺はあれ以来、弥生さんのことを意識するようになった。俺の初恋だったと思う」
「そうなの?本当に?」
「そうだよ。でも変な噂が広まって、俺の初恋は終わったなと思ったんだ」
「あの噂も、本当は私が原因なの」
「でも、この前は友達の質問に答えただけって言ってたじゃない」
「そう。でも、そういう質問がくるように私が誘導していたのだと思う。私の友達に、梅本君のことを好きだという子がいたの。その子、ちょっと可愛い子だったから、負けそうだなとずっと思ってた。そしたらその子、卒業までに梅本君に告白すると言い出して、私は慌てたの。ちょうど家のお風呂をリフォームすることになったので、梅の湯に行こう。そしてその子にそのことを話そうって思ったの。女の対抗意識だね。私がその子に言いたかったのは、私は梅本君の目の前で着替えてお風呂に入っているっていう、銭湯なら当然のことを言って、嫉妬させてやろうと思っただけ。そしたら、その子がその事実を大きく広げて皆に言いふらしたの」
その子って、誰なのかと聞くと、あの時俺に「最低の男」と言いに来た女子だった。
「ごめんね。私が変な対抗意識をもやしたばっかりに」
俺は弥生の頭を撫でながら「もう気にしなくていいよ」と言った。
「それに、あの時は大変な思いをしたけど、今聞くと、弥生が俺のことをそこまで思ってくれていたというのは嬉しい」
「それと、もう一つ言っておかなければならないことがあるの」
「なんだい?」
「私が結婚相談所に入会したのは、梅本君が入会していると知ったから」
「ええー、どうやって知ったの?」
「梅本君が以前お見合いをした、山本千鶴って覚えている?」
「ああ、なんとなく覚えている。確か向こうの方から断ってきたんじゃないかな」
「あの子、私の高校時代の後輩なの」
「そうなの?」
「違う中学から来た子だから、梅本君は知らないと思うけど、婚活について色々相談に乗っていたの。そしたら、お見合いした人のことを相談されて、よくよく聞いたら梅本君だった。私はその子に事情を話して、私も相談所に入会するから、梅本君を譲ってと言ってお願いしたの」
「俺は譲られたんだ?」
「あの子のこと、気に入ってた?」
「いや、多分仮交際の申し出があっても断っていたと思う」
「だったら良かった。色々ごめんね」
「いいよ。俺は、今弥生とこうしているのが幸せだから、すべては結果オーライだよ」
俺は両親が住む家に結婚すると報告に行った。両親は喜んでくれた。お袋に杉下弥生って知っているかと聞くと、杉下さんの娘さん?と聞くので、そうだと言うと、すごく喜んでくれた。俺たちが生まれる前に結婚させる約束を杉下のお母さんとしたそうだねと聞くと、お袋はそんなことは全然覚えていなかった。
色々遠回りをしてきたのかもしれないが、俺たちは生まれた時に母親同士が約束したことを実行することによって、やっと幸せになれたのかもしれない。
結婚相談所から紹介された女性は中学校時代の初恋の人だった 春風秋雄 @hk76617661
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