第35話 騎士団で学ぶ基礎 2

 訓練用自動再生人形をひたすらに切り続けて、多分1時間くらいだと思う。ヘルガの切り上げの合図とともに休憩に入る。


 この多分1時間という言い回しなのだが、これに関しては前世から引き継ぎたかった技術で、腕時計という画期的なものだ。前にヘルガに聞いたことがあるのだが、あるにはあるようだ。ただ、一部の金持ちが所有するものだとのこと。


 その理由は、この世界の根幹を支えているのは魔法の素である魔力であるからだ。そして、人間から魔力を吸い上げるのは効率が悪いので、モンスターの体内に魔力を循環させている、魔力を内蔵する魔石を用いて街灯や水道技術的なものなどを運用しているらしい。


 時計もその一つで、掛け時計ほどの大きさになると、魔石をそのまま使えるので問題ないのだが、腕時計となると小さい魔石でかつ、長く使用するにはそこに大きな魔力が必要となるので、魔法に特化したA級モンスターかS級モンスターの魔石を使わないと、何度も修理することになるらしい。つまり運用上の問題が出てくるわけだ。


 そんなわけで私はもちろん、ヘルガも腕時計を持っておらず、また、掛け時計も安いわけではなく、こんな訓練場の中にあれば、故意でなくとも壊れる可能性が高いということで、設置されていないので具体的な時間がわからないというわけだ。


 (時間なんてスマホ使ったり、周り見れば普通に分かったのになぁ。自分の体内時計に頼るのも不安だし、早いうちに時計が欲しい!)


 心の中でないものねだりをする。口に出してないからみっともないとか思われることはない。


 「それじゃあそろそろ昼食の時間か」


 どうやら時計ほしいなぁ、とか考えいるといつの間にか時間が過ぎ去っていたらしい。とりあえず、朝の訓練の時間は終わったので、美味しくないことはなく、美味しいこともない、そんな寮で食べられる食事をいただきにいこう。

 

 「次は、攻撃を受け流す、もしくは避けるための訓練だな」


 「そうね。今日はなるべく優しくお願いね」


 「はは。お前に優しくしたところで、何も得られないだろ。心配するな。いつも通り受けても痛くない程度にしてやる」


 「とか言いながら、昨日は割と強めのを受けたけどね」


 再び外に出て、ヘルガと向かい合い、互いに剣を構える。


 これは、ヘルガが言っていたように敵の攻撃(といっても、ヘルガが使うのは剣のみだが)を防ぐ訓練である。槍のような武器になると、振るという動作ではなく、突くという動作がメインとなるので、また扱いが変わってくるが、剣で突きの攻撃もできるので、多少その面の対応もできるようになる、だろう。


 「それじゃあ、いくぞ!」


 この訓練はお互いに身体強化を使わず、というかそもそも魔法も使用禁止の訓練なので使わない。ヘルガ曰く、私がこの段階を完璧に近いくらいまで身につけることができたら、身体強化を使って、より激しい戦闘の中でもしっかりと対応できるかを見るらしいので、今はまだ初歩的な段階である。


 とはいえ、その条件の中で全力で剣を打ち合うので、油断はできない。


 「ハッ!」


 ヘルガの私よりも重たい攻撃を横に跳んで避ける。攻撃の唯一の手段としてカウンターが許されているので、その機会を窺いながら、攻撃を受け流したり、避けたりする。


 「セイッ!」

 

 私が後ろに跳躍したところで、まるで狙ったかのように、横に振るった一閃の攻撃を突きに変えてくる。


 (まじか)


 前も同じことをされて一本取られたのでしっかりと記憶に残っているが、今は想定していなかった。


 私の状態は地に足をついておらず不安定。仮に、この突きを正面から防いだとしても、前から加わる力で後ろにバランスを崩してしまうのは間違いない。


 どうするべきか一瞬の思考の後、持っていた木剣を地面に突き刺す。


 そして、腕にありったけの力を込めて、剣の柄を両手で握ったまま逆立ちの状態になった。


 「うおっ⁉︎」

 

 ヘルガの突きは誰もいない場所を通り抜けていく。


 私は、剣を抜きながら、そのまま一回転して、着地する直前に上からきたヘルガの一撃を受け止める。完全に上からヘルガに押さえ込まれるような形になった。押し負ければ、私の顔面に剣がクリーンヒットする。


 「はは。面白いことをするな。もう少し筋力のステータスが低ければ、仕留められていたか?」


 「そうね。かなりギリギリだったしね。今もだけどっ!」


 ふっと一瞬だけ腕から力を抜くと、ヘルガが前の方に少しだけ倒れてくる。そして、すぐに力を入れ直して、思いっきりヘルガを後ろに飛ばす。


 「ぬお⁉︎」


 体が大き後ろに倒れたことで、一歩だけ後ろに下がるも、力技で踏みとどまる。


 しかし、私はそれだけの時間でも距離を取るには十分な時間だった。


 (危なかったぁ。なんとかギリギリ耐えたわね)


 内心冷や汗をかきながら、剣を構え直す。


 「ふむ。一旦あれで終えるつもりだったのだが。少し油断していたかもしれん」


 「まぁ、その油断が仇になったてことね」


 タンッと軽く地面を蹴って距離を詰めてくる。コンパクトに振られた攻撃は速く、そして鍛えられた筋肉のおかげかは定かではないが、重たい。


 私の場合は、ステータスには明記されていないが存在すると考えてる、レベルウップ的な概念おおかげで、筋力が、見た目には反映されているようには思えないが、強くなっているので、ヘルガほどの強さではないが重たい攻撃を与えられる。


 しかし、剣を振る上でまだ無駄があるのだ。どうしても、大きく振ってより威力を出したくなる。多分、自分の見た目が華奢で弱い女の子そのものだとちゃんと自覚しているので、『攻撃しても実はそんなに強くない?』そんなふうに考えてしまうのだろうう。


 ちなみに、筋肉でゴツゴツな人間になりたいわけではない。こんな人間ではあるが、一応見た目は気になるのだ。私は、今くらいが見た目の受けがいいと思っている。ちゃんと容姿は整ってると思うしね。


 実際、騎士団の人がたまに『一緒に食事どうですか』と慣れてない雰囲気を出しながら声をかけてくる。何があるかわからないので丁重に断らせてもらっているが。まぁ、自分自身にはあまり興味はないけど、せっかく親からもらった唯一無二の体なので大事にしたいのだ。


 だいぶどうでもいいとことまで話が広がってしまった。こんなどうでもいいことに思いを馳せている間でも、ヘルガの次の手を予想して、攻撃を受け止めるか、避けるかを判断していた。


 余計なことを考えている間があったかどうかはさておき、気を引き締めなければ。


 上下左右そして斜めからもくる攻撃をしっかりと見極めながら、カウンターを狙う。ちなみに、何回かトライしたのだが、避けられたり、受け流されたりして成功していない。


 (攻撃がくる方向は乱雑だし、中々簡単に予測できないのよねぇ!)


 右上からきた攻撃を受け止めれば、さらに右横からの追撃がくる。一方向から攻撃することで、その方向からのみ力を加えてどこかでバランスを崩すのを狙っているのだろうか。


 そう考えていると、剣を持つ腕を一度後ろに引いて、突きのモーションに入る。


 その突きをしっかりと横によけて、方向転換して切ってきたがそれも正面から受け止める。剣先は細いので正面から受けるのは得策ではない。盾を持っていれば違うだろうが、私の場合は避けるのが一番だ。そして、その後の追撃も頭の中に入っている。


 横からの追撃を受け止めると、ヘルガは一歩後退する。


 私が防御とカウンターだけしかできず、技術に明確な差があることでカウンターは全く決まらないのでこれの繰り返しだ。やがて私がミスをして、一からになる。


 (よし、今日も根気強く頑張るかな)


 ヘルガが動き出して私は相手の動きを注視して、攻撃にしっかりと備える。


 結局これは2、3時間ほど続き、そのあとは自由時間で、自主練をしようが、街に出掛けに行こうが自由なのだが、私は今の訓練では使わない魔法の練習をする。


 「いやー、さっさと次の段階に進みたいわね」













 


 「ふふふ、思わぬ来客のおかげで余計な手間を取らずに済んだわねぇ」


 1人、元々騎士だったのだろう、ボロボロの鎧と兜を見に纏った者が地面に倒れている。呼吸は浅く、今にも息が途絶えそうだ。そして、そんな男の頭に、踵が落ちてくる。それが、男の頭に触れた時、血飛沫を舞いあげて、首が血と肉片に化した。


 「このまま偵察に送り込んだものを皆殺しにさせては、何者かの侵略を受けたと疑われるのは時間の問題です。1人でも生かしておくべきかと」


 「あらぁ。確かにそれもそうねぇ。封印の影響もまだ残ってるみたいだし、いくら雑魚の者が来ても負けてしまう可能性は、無きにもあらず、かしらぁ」


 1人の女が、もう首がなくなった騎士の体をただひたすら踏み続けて、わずかながら血が流れでる。そして、その様子をなんの感情もなく1人の男が見ている。というより、そもそも死体は見ておらず、ただ女と目を合わせて話しているだけであった。


 「ええ。そこで一つ提案がございます」


 男が、後ろで忙しなく動いている者の1人を呼ぶ。その男は、一つの死体を持ってやってきた。


 「この死体を貴方様の力で再生させた後、隷属させて、ここへ向かう道中で強力な魔物の被害にあった、そう報告させれば良いのではないでしょうか」


 「なるほでねぇ。ま、それでいいわ。貴方にそういったことは任せるし。それじゃあ私はどっかでゆっくりしとくからぁ」


 女はそれだけ言うとのんびりどこかに歩いていく。


 「ふぅ。まさかの見たこともないようなドラゴンによってあのお方が直接お手を煩わせる必要がなくなりましたな。ひとまず、拠点は得られました。バレないように工作しないといけませんねぇ」


 男は感慨深く呟くのだった。


 

 


 

 

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