第34話 騎士団で学ぶ基礎 1

 さて、私がレントの街に来て一週間はたった。


 このレントの街に馴染めるかどうか以前に、私はそんなに街の方をふらついたことがない。しかも街に訪れた時にしたことも、孤児院に預けられた弟と妹、ではないが私の中ではそれに近い大切な存在であるシェリとリウスの様子を見るためだけだった。


 また、買い物も一度もしていない。この世界の通貨はまさかの銅貨などで統一されているのだが、それは騎士団に入る前にすでに領主から金貨10枚分の資金をもらっている。日本円で言えば10万円くらいだと思う。


 私の場合、寮で生活するので食費はかからないし、宿代ももちろんない。だから、10万円というのは多くない?と感じる金額だ。買い物しないし尚更。


 で、それじゃあ普段は一体何をしているのか、そう思うだろう。


 何せ、この世界にはビデオゲームなるものはないし、学習用の本はあるがラノベのようなものはない。オセロやチェスのようなものはあるが、それは貴族の娯楽である。


 騎士団に所属するからには戦闘訓練や剣等の実戦で用いる技術の訓練を行うのは当然だが、それ以外の隙間の時間では、基本的には筋トレか剣の素振りか魔力をより滑らかに扱えるように訓練する、このいずれかである。一度始めたら集中してやっているので、勝手に時間が過ぎていき、隙間時間でやるにはいいものだ。


 しかも、私にとってこういった基礎以前のものをしっかりとやっていくのに意味がある。


 なぜなら、私はあらゆる道で初心者に等しいのだから!

 

 確かに、レクから色々教わってきたが、それでも、やはり知識量から経験といった様々な点で騎士団の全員に劣っているだろう。私が一応この騎士団で存在が認められているのは、転移者特典のチートの恩恵があるからである。


 「よし、休憩を取る。そのあとはいつも通り、魔法の使用は禁止!適当に組みを作って、剣だけで一対一をやれ!」


 広大な領主邸の領地の庭の一角にて、騎士団長のやる気に満ちた声がこのあたり一面に響く。その声に呼応するように、元気よく、はい!とこれまた大きな声が私の鼓膜を突き破ろうとする。


 騎士はこれくらいの気合いがないとやっていけないということなのだろうか。毎回見ていて思う。まぁ、私も、あそこまで声を出すわけではないが、気合いはある。まだあそこに混ざっていないだけで。


 「ふむ。それじゃあ、リンカも休憩するか」


 ヘルガが剣の素振りをしている私に声をかけてくる。


 何回か姿勢を矯正されながらも、一時間くらいは騎士団の方から配られた剣を振り続けていたのではないだろうか。元々、剣の素振り自体は村でしていたが、これほどずっと振り続けていたことはなかったと思う。おかげで腕が若干痛い。


 「まあ、そうだな。他のことを考えていても、それだけ正しく振れるようになっているのなら、いいんじゃないか?集中してないからか、時々剣先がぶれていたがな」


 どうやら素振りに集中していなかったことはしっかりとバレていたらしい。最近少し気が緩むようになってきた、そんな感じがある。しっかりと気を引き締めなければ。まぁ、これをポジティブに捉えるなら、あの悲劇からメンタルが復活してきたとも言えるが。


 「しかし、お前が理解ある人間で良かったよ。基礎なんてやりたくないって考える奴は山のようにいるしな」


 「いや、まあ、私としてはそれほどすぐに強くならなといけない理由がないと言えば嘘かもしれないけど、そんなに今はまだ急ぐ必要がないと思ってるからね。心の余裕がある分、そういうふうに考えなくて済むんじゃない?」


 そんなことを言いながら、思い浮かぶのはあの純白竜のことだ。


 他にも強いのはいるだろうし、早々に強くなっておいて、そういった脅威からあの2人を守れるようにしておくべきなのだろうが、あの脅威が頭の中にこびりついているせいで、『あれがきたら、短期間でできる限り強くなっても意味がないよね』そういう風に考えてしまう自分がいる。


 よくないことといえばそうなのかもしれないが、それが結果的に基礎を積み重ねていく今の自分になっているわけだから、結果論で言うなら、良かったことかもしれない。


 「確かに、そう言われればそうかもしれんな。大抵の場合、自分が好きな者に対してかっこよく見せたいとか、物語に出てくる英雄に憧れて、そんなことを考えるから無我夢中に上だけを目指そうとするんだよな」


 「なるほど。それで、ちょっと練習して何かできるようになったら、周りが『〇〇くん天才!』って褒めるから有頂天になって、自滅していくのね」


 「平たく言えばそうだな」


 「ちなみに、ヘルガにそんな時期はあったの?」


 少しおどけてみる。ヘルガは困ったようにこっちを見て、あったかもしれんな、とだけ返す。


 その後もこんな感じで呑気に会話していると、騎士団長側が休憩を終えて、次の訓練に移行し始めた。


 それに合わせて、私たちも次の訓練の準備をする。


 毎日の訓練の流れは統一されていて、初めは第二騎士団全体でランニングや筋トレのような基礎的な体づくりを行う。その次から、私専用の訓練が始まる。まずはさっきやっていた素振り。そして、その次は訓練場という場所に移動して、そこで狙った場所にある程度攻撃できるようにする訓練。要は攻撃の精度を上げるということ。


 さて、訓練場に着いた。正式には騎士訓練場というのだが、目の前にはカカシのようなものが何体か立っている。ただし、目の色やその大きさ、そしてカカシが武器を持っていたりする。あれが攻撃目標で、攻撃していけばいいのだが、自動再生機能があるので、いくらボコボコにしても問題ないのだ。よって、たまに騎士が訓練以外でもストレス発散のために来たりするらしい。


 「それじゃあ、いつも通り、俺が指示する場所にある訓練用再生人形に、指示する体の部位に致命傷程度の攻撃を与えろ」


 訓練用再生人形というのはカカシみたいなやつのことだが、この訓練実は結構難しい。


 カカシもどきを見ながら、一歩前に出て、ここに入団した時にもらった剣を構える。


 「準備はいいな」


 「ええ」


 「いくぞ。赤目、斧所持、右脚」


 その指示に従って、右斜め前にいたカカシもどきとの間合いを反射程に詰めて、右脚を切ると、


 「青目、子供」


 青目で子供サイズのカカシもどきの位置を頭の中で思い出しながら、他のカカシもどきの間を縫って、体の部位の指定がないので、首を切り落とす。


 そして、さらなる指示が、カカシもどきを切り落とすたびに飛んでくる。頭の中で、始まる前に短い間で叩き込んだそれぞれのカカシの特徴と位置を思い出しながら、ただただカカシもどきを切断していく。


 この訓練は、攻撃の精度を高めるというのはもちろんだが、その他にも戦地における情報の処理能力の向上当面でも大きな役割を果たす。他には、攻撃をするときに、狙いたい場所にどうやって最短で攻撃するのか、その感覚を得るにも役立つ。


 順調に切り落としていると、


 「青目、剣所持、左腕」


 体を反射的に動かして、それがあるであろう位置にあったカカシもどきの左腕を切ると、


 「失敗だ」


 ヘルガの声がかかる。そして、私の切ったカカシを見ると、青目の子供だった。


 「くっ。なんか小さいと思ったのよね」


 ミスったなぁ、そう悔しさを隠すことなく、ヘルガの元に戻る。ヘルガが休憩をとってくれたので、しっかりと休憩する。


 「何度も言うが、たった数日でこれほどできるやつは本当に少ないぞ。悔しいならそれはそれでいいが、10回連続でできれば十分なくらいだ」


 「まあ、そうかもしれないけど。ただ、剣の方は問題ありでしょ?」


 「それに関しては訓練あるのみだ。もう少し、コンパクトに振ることができれば、もっと早くこなせられるようになるだろうな」


 そうよね、その言葉に心の中で頷きながら、私は再び剣を構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る