第32話 強くありたい

 さて、特段気持ちのいい目覚めをしたわけでもなく、かといって十分に寝れてスッキリとしたわけでもなく、中途半端と言ってもいいような状態であるのだが、今日はレントの街を統治するという領主様に今後の処遇を決めてもらうわけだ。なんか処遇という言葉を使うと私たちが大罪人かその類のと思われるが、まぁ、それだけ身分が低いということだ。なんせ、一般市民という身分から、家はなく、多くがそもそも所持品すらなく、全員が一文無しという、もはやスラムに住んでいる人を下回っていると言っても過言ではない。


 (ベストは衣食住を完璧に提供してくれること。でも、どっかの安宿で数泊出来るだけの金でも、十分かな。最悪のケースは何もなしにこの街に放り出されること)


 この世界に来て一番心地のいいベッドで漠然とそんなことを考える。村の人を守れなかった身分で何様だ、そんなふうに自分でも思わなくはない。しかし、私自身がまだ生きたいという気持ちが強く、そして、私はシェリとリウスという大切な存在を手放したくないのだ。


 (妹とか弟に近いって思ってるけど、いや、それもあるけど、やっぱり地球の方で友達みたいな存在が身近にいなかったらこんなに執着してるのかなぁ)


 「はぁ。こんなウジウジ考えてる自分をいざ客観視すると、気持ち悪いな」


 少し感情的に鬱になっていると、コンコンと控えめにドアがノックされる。すぐにベッドから降りて、ドアを開けると1人のメイドが立っていた。


 「朝食のお時間ですが、いかがなさいますか?」


 「あぁ。わかりました。今からですか?」


 「はい。ケディア様と同席をしてお食事していただくこともこちらの部屋に朝食をお持ちすることもできますがいかがいたしますか?」


 ケディア様は、おそらくこの街の領主の名前だろう。流石にただでここに泊めてもらって、しかもご飯までありつけて、なんなら昨日は村では見られなかったくらい綺麗なお風呂に入れたのだから、しっかりとお礼を言うべきだろう。


 「それじゃあ、ケディア様と同席の方でお願いします」


 「かしこまりました。ご案内いたします」


 そしてスタスタと真っ直ぐ廊下を歩いていくメイドにしっかりとついていった。


 メイドはある一つの部屋の前で止まって、こちらです。お入りください、と中に入るように催促される。特になんの躊躇いもなく入ると、やけに長いテーブルが一つ置いてあり、上座に堂々と昨日の男性、おそらく領主と思われる者が座っていて、その隣には昨日見た女性が、そしてそのさらに隣には同じように一般市民から見ると豪華な服を身に纏った私と同い年くらいの金髪の男性と青髪の女性が1人ずつ、そしてさらにその隣には青髪の小学生低学年くらいの少女が2人座っていた。その、領主一家の向かい側には村長やヘルガの姿が見られる


 どこか緊張している様子のヘルガの隣に座る。前方から値踏みするような視線を感じるが無視だ。というより、ここで『は?何?』とか言ったら到底この世界で生き残れる未来はない。首スパッ、血ブシャである。


 「ふむ、それでは食事にしよう」


 領主と思われるその人の掛け声から、朝食が提供される。その食事は、フランスパンみたいなのが一つと目玉焼きと、新鮮そうな野菜にスープだった。


 (生意気にこの場所に来たけど、明らかにミスね。テーブルマナーとか知らないし)


 今更失態に気づいていると、村長が遠慮がちに言う。


 「領主様。大変申し訳ないのですが、貴族様の礼儀作法を心得ておらずですね、、、」


 ナイスタイミング、と心の中でつぶやく


 「いや、気にしなくても構わない。そこの君もだ」


 私の方を見て領主が言う。どうやらばれていたらしい。村長と一緒に、その心の広さに感謝しつつ食事を口に運ぶ。


 そして、全員がその食事を終えると、


 「それでは、今考えているソリアスの村の者達に対する対応を言う」


 一拍置いて続きを話す。


 「まず、二週間分宿で滞在できるように段取りはつけておいた。そして、村の者には一律大金貨1枚分の資金を提供する」


 すると、村長が、思いもよらぬ提案であったのか、本当ですか⁉︎と少し身を乗り出していう。この世界で大金貨一枚分の資金というのは大金だ。最小額である銅貨を銅貨1枚=1円とすると


 銀貨1枚=100円

 大銀貨1枚=1000円

 金貨1枚=10000円

 大金貨1枚=1000000円(百万円)

 ミスリル硬貨1枚=100000000円(一億円)


 となっており、そこらへんで売られているパン一つで銀貨2、3枚なので普通にこの街で暮らしていけるだろう。家が建てられるとかの話になるまた違ってくるが。


 「ああ。約束しよう。そもそも、私の責任でもあるからな。自分の領土の民を守れなかったことは」


 「ありがとうございます。ありがとうございます!」


 村長は席から立ち上がって何度も頭を下げる。が、


 「あの、少しいいですか」


 「なんだ?」


 「私、村の人間じゃなくて、放浪者っていう立ち位置なんですけど、、、」


 この人はきっと自分が守るべき存在、自分の統治するところで汗水流して働いているものに救いを与えたいのではないだろうか。そうなると、私は不適合だ。確かに、生きたいのだけれど、人の善意をこけにできるほどの度胸はない。というか罪悪感がすごい。


 「なるほど」


 私の方を見て、何やら考え出す。すると思いもよらない助け舟がきた。


 「領主様。もし、この娘、リンカがそれを理由に領主様の提案を辞退されるのでしたら、騎士団の方に勤めさせたいのですが」


 ヘルガがはっきりと言い切った。


 (え、いいの?お金がもらえて、剣とか魔法を襲われる場所に身を置けるってことよね?それは、ちょっと、高待遇すぎというか)


 そんなふうに考えていると、


 「私の騎士団にその子を入れる?お前が提案するからには、ある程度の力はあるということか」


 「はい。それについては保証します。魔力量に魔力の操作能力、そして、まだ荒削りではありますが剣の技能はかなり高いです。実際に単騎でB級のモンスターを倒せています」


 すると、面白いものを見つけたように、フッと笑いながらこっちを見てくる。


 「なるほど。それほどの実力者であればぜひ騎士団に入れたいな」


 どうやら、しっかりとヘルガの言葉を信じているようだ。ありがたいことだが、やはり申し訳ない、そう思っていると


 「領主様。ぜひ、私からも、リンカを騎士団に入れてさしげて欲しいです。この者の実力は保証します。私たちがモンスターの大群の襲撃から生き延びることができたのはリンカのおかげでもあるんです」


 まさかの村長までお願いする事態になった。しかし、


 「でも、私が倒したのは雑魚だけよ。A級は倒せなかった」


 「リンカ。それでも、お前があれと戦って粘ったおかげで、レクがお前を助けることができたんだ。お前の実力は十分ある」


 ヘルガが私を説得しようとしてくる。そして、私が未だ賛成しかねているところで


 「父上。私はヘルガを信用していますが、流石に今回ばかりは疑わずにいられません。私と同じほどの年でそれができるとは到底思えませんね」


 金髪野郎が、バカにしたように私の方を見てくる。というか、見下している。すると、


 「お前の根拠はそれだけか?」


 領主が少し強い口調で我が子に聞く。聞かれた側は少し動揺したように、もちろんそれだけですが、十分では?と逆に聞き返す。


 (相当自分の力に自信があるみたいね)


 「少なくとも魔法や剣といったことでは、私はお前よりもヘルガを信頼している。よって、お前のその根拠のない発言をそのまま信じることはできないな」


 キッパリと断言されて、悔しそうに、ですが、と反論を試みるが


 「あらあら、お兄様。もうやめた方がいいのでは?それ以上は醜態を晒すだけですよ?私は、お父様のいうようにヘルガ副団長が推薦するのであれば、一考に値すると思いますよ。まぁ、お兄様のようなプライドだけが高い方に言っても理解していただけないかもしれませんが」


 そのお兄様を少し馬鹿にしたようにいう。それに腹が立ったのか、好きにしろ!、とだけ言い残して部屋から出ていった。最後に私の方を睨むというおまけ付きで。


 「大変お見苦しところをお見せした。すまない。とりあえず、私としては一旦騎士団に加入してもらいその後の経過を追って改めて対応を考えたい。いかがだろうか?」


 どうやら、領主の中で話はまとまったようで私に聞いてくる。


 (これって、正直私にメリットしかないよね。やめようと思ったら、流石にやめられるだろうし)


 「喜んで、その役職を引き受けさせていただきたいと思います」


 私は即決した。私は強くなる必要があるし、きっと、これはちまちま街の中で生活するよりも近道だしね。

 

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