第27話 圧倒的強者

 果たして私はまたやってしまったのだろうか?レイサとゲウラスを失い、その上シェリとリウスも失ってしまったのだろうか?村の中央からできた生物が一瞬で作るには、大規模なクレーターに一緒に飲み込まれてしまったのだろうか?


 少なくとも私は村と村の人を守ることができなかった。確かに、残っている家はある。確かに、生き残った人はいる。けれど少数。果たして守れたと言ってもいいのだろうか?一番私が最優先で遂行しなければならないことさえ、もうすでに失敗してしまった可能性はある。その時点で私は、何もできなかったと言ってもいい。いや、実際に何もできなかったんだ。ただ、怯えて、立ち尽くし、相手が去るのを待っていた。相手が自分よりも圧倒的に上の存在だった、なんて考えは言い訳であり、ただの逃げだ。あそこで私が剣を握ることができれば、もしかしたら、この人たちを救うことはできたかもしれない。


 「くそっ、、、」


 握り拳に力が入りすぎて爪が肉に食い込み、そこから血が垂れてくる。ここで犠牲になった人たちは激しい苦痛を味わったのだろうか。それとも、唐突に、そして自分の意思とは関係なく引き起こされた死に、何も感じることさえ許されなかったのか。後ろの怪物に。思わず後ろの方に目を向けてしまう。そして、そこには相変わらず水の上に浮かぶボールのように自然と飛んでいるドラゴンがいた。その全身を今、初めて認識した。その体は、純白の鱗で覆われていて、純白龍とでも呼べるほど綺麗だ。その純白龍の持つ二つの大きな黒目は、ブラックホールと表現できるほど深く黒くて、やはり恐怖心を心の底から引っ張り出す。体長は10mはあるだろうか。やはり、生物として超越しているのがわかる。これに勝つのは、絶対に無理だ。この様子を見て、笑うでもなく見下すようでもなく、ただ堂々と全体を俯瞰するように飛んでいるその姿は、王あるいは神。


 恐怖から何もできずただ茫然とやはりその姿を見ていると、その周りに他の騎士や村人が集まってきた。その様子を描写する者がいればきっと、神の降臨の瞬間とそれを拝む者たちのように描かれるだろう。その姿に圧倒されてか、恐怖心からか、この場にいるものは何もすることができなかった。この状態がどれほど続いただろうか。ついに、この沈黙を破った者がいた。


 「あ、あぁぁぁ!!」

 

狂ったように叫びながら1人の村人が、まるで神たる存在に、弱く貧弱な鉄剣を握って突進していく。そして、その村人は、まるで虫を軽く潰すかのような感覚で上から地面に押しつぶされた。


 「あ、あ、あぁぁ!おまえぇぇぇ!」


 また1人叫びながら駆けていく。


「待てっ!行くなっ!」


 ヘルガがその者に向かって叫ぶ。しかし、まるで操られているように、その言葉を一切耳に入れずに突っ込んでいき、純白龍は体を軽く動かして尻尾を振るい、村人はそのまま吹き飛ばされていく。そして、後ろから、ズガァン、と大きな音が聞こえてくる。きっと、そのあたりは肉片が飛び散らかっているだろう。そして、それを皮切りに、ほとんどの者が叫びながら四方八方に駆けていく。ヘルガは声を上げて、止めようとするが、結局残ったのはヘルガ、3人ほどの騎士と私、そして恐怖心から腰を抜かして立てずにいる騎士を村人が数人だけだった。荒れたこの状況でも相手は、一切何もせず、ただゆったりとその様子を眺めていただけだった。


 「今この場にいる者は今すぐ逃げろ!俺が、時間を少しでも稼ぐ!バラバラになって、逃げろっ!」


 ヘルガの叫び声に合わせるように、うわぁぁぁ、と叫びながら逃げていく。が、


 「グルォォォ!」


 純白龍の口から漏れる膨大な量の魔力は一つの束となり、私の奥の方を撃ち抜いていく。それがどういう結果を生み出したのかは、ヘルガの驚愕に満ちた顔と静寂に満ちたこの空間を考えれば明らかだった。残されたのは、ヘルガと私、そして先のヘルガの掛け声で逃げなかった勇敢とも愚かとも取れる騎士のみだった。


 (これだけでどうにかなる相手なのか?この怪物にたった4人だけで立ち向かって、絶対に無理だ)


 おそらく誰かを囮にして逃げようと考えてもきっと、いや、間違いなく囮も逃げる者もこの世に骨を残すことすら許されないだろう。つまり、完全なる詰み。おそらく、これはこの村を崩壊させようとしていた者も予想外だったことではないのだろうか。今の惨状を見てわかるように、跡形もなく全てが消し飛んでいく可能性があり、なんのためにここを利用するのかは定かではないが、きっと相手にとっても利用価値のない土地にきっと成り下がるだろう。そもそも、こんな怪物を誰かが飼い慣らせるとは現実に考えにくい。つまり、こいつの登場は誰にとっても予測不可能な事であったのだ。


 (いや、違う。今はこんなことを考えている場合じゃない。今必要なのは、この状況の打開策。生き残る方法)


 沈黙の時間が流れて行き、私たちはただじっと神の判断を待っているような状況になっている。そして、何も変化が訪れることなく時が流れるこの状況に退屈したのか、純白龍は、グルル、と小さく唸りながらバサっと砂埃を立ち上げながら宙に浮く。逃げていくのだろうか。そんな奇跡が実際に起こりうるのかわからないが、その可能性はある。他の者はこの様子を見てどう思っているのだろうか。純白龍から視線を外して、ヘルガや残っている騎士を表情を見ると、やはり、どこか安心しているような表情が見える。ただその中には、もちろん緊張している表情も見て取れるが。


 私も安心した気持ちを持って、純白龍を見ると、じっと私の方を見ていた。湧き上がる恐怖心を抑えながら、じっと見つめ返す。せめて気持ちだけでも抵抗したい、私のプライドだ。


 そして、この沈黙をすぐに破ったのは、この純白龍の方だった。


 「ブースト!」


 身体強化とスキルを合わせて自分が出せる最大の力で攻撃を避ける。相手が全力でないおかげかギリギリのところで避けることができた。


 「フンッ!」


 ターゲットの焦点が私になってすぐに、ヘルガが動いてくれる。


 (ありがたい!この間に距離を)


 「って、うおっ⁉︎あぶなっ!」


 寸のところで横から突然現れたように思えた尻尾の薙ぎ払う攻撃を避ける。そして、一安心して着地、する間も無くこっちに顔を向けている純白龍から魔力が漏れ出ている。


 「魔衝波!」


 純白龍のブレスが放たれるその直前に自分の魔力を純白龍にぶつけて、その反動で体を後ろに飛ばす。そして、私の体のギリギリのところを魔力砲が通っていく。


 (危なすぎるでしょ。私がこんな感じの使えても、絶対にこの火力出せないって)


 純白龍に内在するであろう膨大な力を想像して、かなり引いてしまう。ますます、正面から戦って勝てる未来がないように感じるようになる。


 着地して、それからすぐに距離をとる。純白龍はゆっくりと地に足をつけて、こちらを見てくる。この動きからも見て分かるように、明らかに相手は手を抜いている。もし、これがこんな殺し合いではなく、力にこれほど差がない模擬戦のような感じなら、きっと相手にキレてた。『なに手ェ抜いたんだ、この野郎!』とか言ってたと思う。って、今はこんなことを考えている時間ではない。多分、『死』という文字がこの場にいる限り頭によぎるから、現実逃避をしたくなるのだろう、と思う。


 (どうしよ。最良のシナリオは今すぐ勝手にどこかに行ってくれることか何かが起こって私達がこいつを倒せることだけど、どっちも現実味がない、、、。てか、そういえば、レクって今どこにいるんだろ?)


 レクの姿を探すべく周囲を見渡したい気持ちを押さえ込んで、純白龍の方を見る。


 (きっと、生きてるはず。あいつは強いから、きっと生きてる)


 「ふぅ」


 一回呼吸をして、剣を構え直す。そして、グッと地面を蹴り飛ばす。


 「グリォォォ!」


 「リンカ!下手に突っ込むな!」


 純白龍の咆哮とヘルガの声が重なる。純白龍は飛びながら再びブレスを放つ準備をしている。


 (上にいかれたら、どうしようもないんだよね。私、魔法使えないし)


 地面でまったりしている間に攻撃ができて、ダメージが入ればいいなぁと思っていた程度なのであまり気にすることではない。そして、ブレス噴射の準備ができた純白龍は、容赦なく私を狙って、高火力の魔力の束を放ってくる。が、


 「炎膜!」


 「ライト・リフレクション!」


 魔力の束が直進するのを2つの防御魔法が妨げる。それでも、それらはすぐに突破されてしまうが、その間にしっかりと被ダメージ範囲外の場所に避けることができた。どうやら、何か気が変わることがあったらしく、今回のは少し威力が高く、もしかすると脚が一本消失したかも知らなかったので、この一瞬の抵抗は感謝しなければならない。


 しっかりと着地して、ふと、視線を上げるとそこにはヘルガがいた。


 「何をやっている。あれは俺たちが勝てる相手じゃないぞ?」


 「分かってるわよ。そんなの。でもね、私は同じままじゃいけないのよ。守ろうと思ったものも、ビビって無くした。情けないことこの上ないわ」


 「お前の心意気は否定しない。だがお前のやっていることは愚かであり、それ以上でも以下でもない。死に急いでいるのと何も変わらないぞ」


 「あっそ。でも、ただ立ってても死ぬ。逃げても死ぬ。戦っても死ぬ。なら、戦って死ぬのが一番かっこいい。だから私はゴミでも、この世に存在したかどうかわからない人になってもいいから、突撃して死ぬ。これでどう?いい答えでしょ」


 「、、、そうか」


 ヘルガは私の目をじっと見てくる。そして、剣を構え直した。


 「俺は、まだ何か解決策があると思って動いていた。もしかしたら、逃げられるかも、とな。俺の方が愚かだった。潔く、死のう」


 「そうね。さっさと割り切ればよかったのよ。この世にはどうにもできない人や物が存在する。必ず、何かで自分よりも上位の存在がいる。それを受け入れないといけないのよ」


 「、、、そうだな。神は道を示し、我が子が成長するのを眺めるだけの存在にすぎなかった。その存在に執着して、どんな時でも奇跡を与えてくれると思っていたのは完全な間違いだったな」


 ヘルガが悲しそうに呟く。神たる存在を私は信仰していないので、その真意を汲み取ることはできないかもしれない。だが、心のどこかで、この危機に奇跡をもたらしてくれる、そう信じていた神に対して、裏切られた、そう思っているのだろう。


 (レク、生きてるかなぁ)

 


 


 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る