第26話 予感

 レクの衝撃的な助言に頭を悩ませ続けて迎えた翌日。今は、村の人たちと騎士の人たちでそれぞれ分かれて、今後の方針をそれぞれのトップ、村長とヘルガ、が伝えているところだ。


 「それでは、私から皆のものに伝える内容は以上である。何か聞きたいことがあればぜひ、聞いてくれ」


 どうやら村長から伝える話はとりあえず終わったようだ。その場しのぎで作った低めの台の上に立って、そこから村長は村の人たちを見ている。結局誰も質問することはなく、それぞれが自分の持ち場に向かっていった。その姿にはやる気が感じられる。やはり、村はなんとしても守りたいと言う気持ちが強いのだろう。村でない者を失った悲しみや、レイサとゲウラスの2人だけの被害に対することで生み出された悲しみというのは、その感情に比べると小さいもののようだ。まぁ、2人の親、特に母親はそういうわけにはいかないが。


 やがて、周りから人がいなくなり、私と村長だけがこの場所に残った。


 「リンカは村の修復の手伝いではなく、周囲の見回りを担当するのだな?」


 「えぇ、そのつもりだけど、、、村の方の手伝いをした方がいい?騎士の人たちもレクも、結構な人数が外に出ていくだろうし、私が残った方がいい?」


 「いや、そういうわけではない。ただ聞いただけだ。気にしないでくれ」


 それだけ言うと私に背を向けてどこかに去っていく。何だろうか。村長が実は黒幕で、人の動きを把握しておきたいのだろうか。あるいは、私のことを黒幕だと疑っているのだろうか。私には疑われるような理由がしっかりとある。例えば、私はこの村の居住者ではなく、放浪者としておそらく認識されているだろう。それは、レクも同じ扱いだろうと思う。しかし、レクはすでに1、2年にこの村に滞在しており、その一方で私は半年もいないような者だ。疑われやすいような状況であることに間違いはない。それに加えて、私はゲウラスとレイサを守ることができなかった。村長として責任を感じる部分もあって、色々な人を疑いたくなるのだろう。だから、私が疑われてしまうのも仕方がないと言える。


 「まぁ、人の思考をしっかりと推し量るなんて難しいからね。行動で私の誠意を示すべきだよね」


 そう思いながら、私は、ヘルガの話を聞きに行ったレクの方に向かっていった。










「なるほど。話の内容が一緒なのは当然ですね。とりあえず、僕たちはいつも通り村の周囲を警戒するだけですね」


 とりあえずレクの家に行って、レクから別の方で話された内容を聞いた。私とレクがそれぞれ聞いた話はほとんど違いなく、村の人から数人の警戒要員を、騎士の方から10人と少しの人員を村の周囲の見張りに派遣して、残りの騎士と村の人たちは村の復興と防衛をやる、という予定だ。そして、警戒する側には、この事件を裏で手引きする者を見つけ出すことが最優先のミッションとして伝えられている。これも当然と言えば当然なのだが、今までそういった者の痕跡というものが一切としてなく、正直、見つけられるならもう見つけていると思う。なので、私は初めからこれを遂行することは諦めて、村の防衛に力を注ごうと思っている。私の中で一番重要なのは、これ以上犠牲を出さないこと。特に、レクやリウス、シェリを犠牲に出さないこと。これが一番重要だ。

 

 「そうね。いつものようにすればいいわね。でも、昨日みたいなことが起こらないとは言えないわよね?私、小隊的なのを作るってこと聞いてないんだけど」


 「多分作ると思いますよ。そうじゃないと、村の人たちが逃げることすらできなくなる可能性が十分にありますからね。いずれにせよ、この後すぐに一旦草原側の村の入り口付近で集まることになっていますから、そこで話が聞けると思いますよ?」


 「それもそうね。不安なのは、やっぱり村の人が偵察してるところにC,B級のモンスターが現れることだけど、その辺りも集まったところで話し合うだろうしね。とりあえず、集合場所に行きましょう」


 私達は席を立って、家を出ていく。天気は快晴まではいかなくても、十分良い天気だった。ただ、少し遠くに灰色の雲が見えたが、それすらもこの青空に調和して美しく見える。


 「リンカさん」

 

 「何?」


 「今言うことじゃないんですけど、僕の家に来るのにもう少し危機感を持ちませんか?」


 「今更よ。それに、そもそもあんたにそんな度胸があるとは思えないし。それに、私はレクがちゃんと倫理観を持ってるって思ってるから」


 「いや、それでもですね、、、」


 「いいのよ。気にしなくて。信用してるから。それに、もしそんなことしたら、首と体切り離しに来るし。その後、ゴブリンの餌かなぁ」


 「、、、リンカさんだったら本当にやりそうですね」


 「もし、やられたいならいつでも言いなさい?まぁ、その時の気分次第だけどね」


 





 

 「今から、村の周囲の警戒をするにあたって、留意して欲しいことを伝える」


 ヘルガが、周りによく響く声ではっきりと喋る。自信とやる気に満ち溢れていて、ただ単なる力強さだけでなく、心の強さも感じられる。そして、ヘルガから言われたのは


1、村の周囲の警戒は5人で行い、騎士が2人村の人が3人で組むのを基本とする


2、村からは1km以上は離れないこと。つまり、遠くに行かないようにすること。


3、もし、村の方で火が上がるなどの異常を見つけたときは、村の者が2人と騎士が1人村に向かって、残りは他のチームを探して伝えに行くこと


4、もし、敵を見つけた時は騎士が前衛に出て、敵の攻撃の回避に注力すること。そして、村の者の2人が他のチームに伝えた行くこと


 この内容が伝えられた。ちなみに、私とレクは騎士側の立ち回りをすることになっている。


 「伝えたかったことは伝えた。今から、チームを作っていこうと思うが、何か質問はあるか?」


 ヘルガがぐるりとこちら側を見渡す。


 「あ、あの」


 手を挙げながら村の誰かから声が上がる。


 「どうした?」


 「もし、もし、昨日みたいなことが起きたらどうしたらいいですか?逃げられるとも思えないですし、、、」


 やはり、昨日の出来事はしっかりと頭に焼き付いているのか、どこか怯えたように言う。今まで、何一つの脅威もなく平和にまったり暮らしていた身分だったから仕方のないことだろう。


 「それを心配するのはもっともだろう。だが、その脅威がおとずれることはないと考えていい。あれよりも多い数のモンスターを集めるのはより苦労することに加えて、それほどの数のモンスターをしっかりと管理するのは不可能と考えていい。たとえテイマーがいたとしても、だ」


 テイマーというのは、モンスターを使役する能力を持った者のことだが、確かにあれほどの数のモンスターをもう一度襲撃させるとなると100匹は超えるのではないだろうか。それを管理するのは、確かにきっと難しいだろう。不可能とは言えないかもだが。しかし、聞いた者は納得できたようで、分かりました、と答えている。


 (それなら問題ないかな?)


 そして、ヘルガの掛け声から各々がチームを組み始める。ちなみに、私とヘルガとレクは、個別に別々の方向に捜索することになっている。


 (絶対に守る)


 心の中で何度もそう復唱して、半壊した村から遠ざかっていった。










 「驚くほど何も起こらない。なぜだ、、、」


 思わずそう呟いてしまうほど、何もいなかった。私は、昨日、モンスターの大群が押し寄せてきた場所の周囲から探索し始めたのだが、遭遇したのはスライム一体のみ。ここと、後ろの村の状態は正反対と言ってもいいだろう。恐らく、ここにいた他のモンスターは先のモンスターの襲撃によってどこかに逃げてしまったか、あるいは蹂躙された可能性がある。もし、そうなら安心できることではあるかもしれない。だって、他のエリアも似たような感じだと思うと、村の人が犠牲にならない可能性が高いし。


 「もう少し、奥に行ってみるか?」


 一度立ち止まって、感覚的に大体1kmの場所から前を見る。もしかしたら既に1kmは超えているかもしれないけど、それは気にしない。スマホみたいな便利ツールはないし。


 「行くか」


 即決即断で、一歩踏み込もうとした時、グルァァ!、と上の方から鳴き声が聞こえてくる。鳥ではない。それよりも重厚感のある声だ。そして、上を見ると何か大きなものが迫ってきていた。


 「ッ!」


 慌てて身体強化を脚にフルにかけて前に跳んで避ける。その後すぐに、風圧からか体が想像以上に前に飛ぶ。少しバランスを崩しながらも着地して、前を見ると、大きな二つの目が見開かれて、その黒目はどこまでも深く、恐怖心を引き起こすものだった。目の前で、純白と言っていいような綺麗な白色の鱗が太陽の光を反射している。それが私の目を焼き付けるように熱い。そして、怖い。


 「グルゅゅ」


 ズッ、と顔を近づけてくる。飲み込んだ唾が喉を通る。


 (死ぬ。死ぬ。死ぬ。)


 動悸がだんだん早くなり、今すぐにでも体を突き破りそうだ。


 (抵抗する?剣で切る?殴る?逃げる?無理だ。無理だ。)


 そして、目を閉じることもできず、これがどこかに行くのを待ちながら立っていると、スッ、と頭を引っ込める。


 「グリュァァァァ!!」


 私のことなんて気にせずにとんでもない声量の咆哮を轟かせる。そして、大きく翼をはためかせて、私を後ろに吹き飛ばしながら飛んでいった。


 「はぁはぁ」


 今の一瞬で息が上がってしまった。疲れたわけではない。これは、緊張だ。あれは、生物としてもはや別の領域に入っている。なぜあんなものがいるのか。


 「ふぅ」


 一つ呼吸を置いて、思考を整える。すると、何か引っかかるようなことがあるような気がする。果たしてなんだろうか。


 「あ」


 頭にふと引っかかりの原因が浮かんできて、顔を上げると、そこにはドラゴンが飛んでいた。


 「やっぱり、、、!」


 湧き上がる悔しさと、焦りを押し殺しながらダッ、と地面を蹴り上げる。すると、あのドラゴンが空の方に目を向ける。その口からは、大量な魔力が漏れ出ている。


 「待てっ、、、」


 そして、その願いは虚しく


 「ガァァァ!」


 ズガァァ、と地面が抉れる音が数百m離れた場所からも聞こえてくる。そして、そこから砂埃が空高く舞う。


 「くそっ」


 ドラゴンはその場から立ち去ることなく、私が村の方に着いても未だ空を飛んでいた。そして、その私の前には、大きなクレーターとまだらにその様子を眺める村の人が立っていただけだった。


 「、、、」

 

 

 


 



 

 


 







 

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