第25話 経験
あたりは暗く静まり返っている。まるで、昼の騒ぎはなかったようだ。だけど、私の心の中は全く落ち着いていない。今回の襲撃を裏で手引きしていたものの存在は未だ不明。いつ同じようなことが起こるのかも未だ不明。そして、多くの、援軍として派遣された騎士達が先の戦闘で重傷を負ってしまった。この村は近くの街にも近いわけではなく、さらなる援軍が来るのは、明日ではないのは確かだ。明日、何か事が起こらないこと祈るのしかない。
「はぁ。もっと平和に生活できると思ってたんだけどなぁ」
憂鬱な感情を心の奥に留めることができずに、思わず口からこぼれでる。日本で生きていた時には程遠い状況だ。殺しなんて、あっても周りを飛ぶ蚊を殺す程度。人間が目の前で殺されるなんて見たことがない。そんな私にとってこの状況は心身ともに負担が大きすぎる。このままいけば引きこもってしまいそうだ。常に引きこもれるような場所は特にないけど。
考えても特に意味がないことはわかっているけれども、やはり対策方法を考えてしまう。相手の正体は欠片もわからず、明らかに戦力不足なのに。生きたいという気持ちがあると言うのはあるけれど、やはり何より、あの瞬間をもう一度体験したくないから、そんな思いが何よりも強いと思う。
「ここにいましたか。やっぱり、辛いですよね。大切な人を失うことって」
後ろからレクが声をかけてくる。こうは言いつつもあまり悲しんでいるように見えない。本質的には私と同じな、旅人あるいは放浪者だからあまり気にならないのだろうか。または、今までも同じような経験をしてきたのか。いずれにせよ、この立ち振る舞いには、私には理解できないものがあった。
「あんたは、その経験があるからそれを私に言うことができるのよね?」
「うーん。あんまり自分の過去は話したくないんですけどね。まぁ、手短に言うなら、色々経験してきましたね。仲良くなった人、少しでも好きに思った人をみたいな大切な人を失う経験なんかは、よく覚えていますね。どれだけ前のことでも」
「なんか、あんた、年相応って感じの言葉じゃないわよ。人生何周目よ」
「僕がこの生命を授かって一度も死んでいませんよ」
そう、とだけ返して視線を私の横に座ったレクから、視線を外す。反対側の方を見れば、壊れた家の残骸として木の屑が散らばっている。今私がいるところは、普通の村があった時は、昼間は子供達の遊び場として使われていた、村の中にある少しひらけた場所で、ここにある積み上げられた丸太の上に座って、私はゆっくりしていたものだ。今となっては、その丸太は村の修復に使われてもうなくなった。今は、地面に直接座っている。
「ねぇ、あんたは何のためにそこまで強くなったの?」
「何のために、ですか。案外単純ですよ。ただ、もしこれから先、僕のパートナーができたときに、その人を死なせず、それでいて自分も死なないようにするためです。どっちかが生きていても生き残った人は最も重要な心の拠り所をなくして、よくない形で死ぬ。僕はそういうものだと確信していますからね」
胸の辺りを撫でながら、力強く言う。やっぱりどこか、見た目の年齢を大きく上回ったセリフだ。本当に苦労した人生を歩んでいたのだろう。どれくらいのものかは知らないが。
「そう。そんなこと全く思ったことないから私にはその感覚はわからないわね。でも、否定もしないわ。想像はできるしね」
そして、何気なくレクの方に顔を向けると、あっちもあたしのことを見ていたようで、微笑んでくれる。
「リンカさんってやっぱり少し変わってますね。あ、馬鹿にしてるわけではないですよ?ただ、何千、何万と多くの人を見てきた中でも、個性があるというか、考え方が独特というか」
「あぁ。もしかしたらそうかもね。あなたに似て、私も色々苦労してるし。決してあなたと同じような経験をしたとは言わないけど」
「はは、お互いに苦労人ですねぇ。でも、リンカさん以上に僕は人生経験があるので一つだけ助言を」
「あら。あんたとはそれほど年齢が違うようには思わないけどね?まぁ、一応その助言を聞いてあげるわ」
少しレクの態度が生意気に感じたので、私も少し上から言ってみる。そして、レクは一呼吸したのち、私の目をじっと見つめる。それは今まで私が見てきたレクの目の中で、最もな強い何かの感情を含んだ目だった。
「僕がリンカさんに言いたいのは、リンカさん、きっとあなたはもっと強くなる。そして、この村を出て多くのことを経験します。あなたは必ずです。その時に、多くの大切なものを失うでしょう。リンカさん。絶対にその時の感情はすぐに発散してください。そして、他の人のどんな死も、少ししか話さなくて友情も何も湧いていない人の死は、全て無視してください」
そういうレクの表情は真剣で、正直少し怖い。いや、普通に今まで穏やかそうな人だなぁ、って思ってた人がこんなになったら怖いでしょ。それに、占い師や予言者の枠を超えてもはや神の領域に入っているかのように、確信をもって言うのが尚更怖い。一体どうしたのか。何かの呪いにでもかかってしまったのだろうか。まぁ、真剣に助言をしてくれている人の言葉に対して勿論そんなこと言えるわけがないし、それに、明らかにそんな空気ではない。
「う、うん。ありがたく受け取っとくわ」
その言葉に満足したのか嬉しそうに頷いて、それでは、また明日も頑張りましょう!なんて呑気に言ってこの場から去っていく。
「一体私はどうやってあの言葉を受け取ればいいんだ?真面目に受け取ろうと思ってもできるものじゃないのだけど、、、」
かなり重すぎる言葉に私はしばらく頭を悩ませることになった。何だろう、レクってやっぱり人生一周目って感じがしないなぁ。
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