第23話 襲撃③

 私の指先に感じる生暖かい、それでいてドロっとした感触の赤い液体。私が守ろうと思っていた。けど守れなかった、その人の体をなんてことなく先程まで循環していた、血。レイサとゲウラスのどちらかに流れていたもの。目の前が真っ暗になったような感覚。果たしてわたしはなにをしている、いやしていた?わからない。何が何だかよくわからない。


 ただ呆然と指先の血を眺めていると、鼓膜を大きく揺らす雄叫びが聞こえる。その声につられて前を見ると、私に鋭い眼光を突き刺すビッグオークがいた。そして、その右手の大きな棍棒を、今まさに私目掛けて勢いよく振ろうとしていた。やがて、その棍棒は私のもとに空気を強引に裂きながら迫り来る。それを半ば反射的に後ろに飛んで避けていた。


 (っ!くよくよしてんな!次に殺されるのは私だぞ!、、、、でも、私はあの2人を守れ、って同じこと繰り返してるんじゃない!私!)


 後ろ向きになる思考を引き戻す。とりあえず、今は私が生きのびること、それだけを考えるべきだ。私はまだ死にたくない。あの2人もそうだっただろう。きっと、いや、間違いなく。


 (すぅ、ふぅ。ダメだ。同じことばっかり繰り返す。今は考えるな。落ち着け)


 思考が、なんらかの引力が働くように自然と戻されてしまう。これが初めて失ってはいけない大切なものを失った代償なのだろうか。頭の中がごちゃごちゃしていて戦いに集中できない。


 「くっ!」


 ギリギリのところで攻撃を避ける。このままではいつ直撃するか分からない。その一撃を食らったら最後だ。そう、それは理解している。けど、あの2人の最後が脳裏に鮮明に残っている。


 「せやっ!」


 勢いよく声をあげながら、半分上からボロボロに砕け散ったもはや剣とは呼ばない剣でオークの太い腕に、その腕から見れば非常に浅い傷を入れる。素手などで戦うよりも多少は殺傷能力が高いだろうと考えた上での、この剣の使用だ。でも、普通の剣を使っている時でさえ私の方が劣っていたというのに、こんなボロボロの剣で私はこいつに勝てるのだろうか?


 (奇跡を信じることは誰にでもできる。けど、願って実際に実現することではない。今の私に必要なのは、現実に目を向けて、確実な手段を選択すること)


 確実にこのままでは無理だということが分かったので、一旦距離をとる。そして、


 「バースト」


 そう小さく呟くと、体内をより速く魔力が循環して、体が少し軽くなったような気がする。今まで私が一度も使ったことのなかった、私が唯一持つスキル。


 「さぁ、全力で耐え抜くわよ」


 横からくる棍棒を今までよりも余裕を持って避ける。今の私では確実に勝てない相手。だから、私は逃げるという選択肢を取るしかない。あの2人を犠牲にしておいて逃げ勝つのか?そう思う者もあるかもしれない。だってあの2人は私が生き残るために、そして、私のせいで死んでいった、そう言っても過言ではないからだ。きっと期待してくれていただろう。私がこいつを倒すことを。きっと見て欲しかったんだろう。あの2人はこの怪物の前に立てるぐらいの勇気があることを。でも、私にはそれに応えることは出来ない。だから、私はあの2人の勇敢な最期の目撃者として、それを周りに伝えることが必要だ。私に出来ることはそれだけ。


 (あぁ、私って弱いなぁ)


 ビッグオークの攻撃を避けながらふとそんなことを思う。強くなった。けれどまだ足りない。だから、大切なものを失う。


 そして、一旦自分の弱さの事実にフタをして目の前の戦いに集中する。もう心は決まった。やることは決まっている。


 「ブモォォ!」


 「っ。なんか速くなってるっ!」


 ちまちまと攻撃を避ける私に苛立っているのか、振りは荒いがその分速度が増す。相手に決定打を与えられず、体力もかなり消耗した今の私にとっては最悪だ。


 そして、現実は非情なもので、ただでさえ疲労した体にブーストというスキルを使って、身体能力の限界を超えているわけだから、ついに体の限界がきた。体を右に動かそうとした時、右脚が動かなかった。そして、そのまま躓いてしまった。いや、限界自体はもともと向かえていたか。ただ、根気で立てていただけだ。もちろん、相手にその隙を見逃してくれるような優しさはない。もう、私が限界と思い、こちらの方をニチャと笑いながら見てくる。そして、棍棒を大きく振り上げる。


 「ブモォォォォ!」


 私は目を閉じて、時が過ぎるのを待つ。あぁ、終わるんだ。そう思いながら待つ。時の流れがゆっくりに感じられる。そして、風が私の頬を撫でる感触の後、待っても終わりは来なかった。うっすらと目を開けると、そこには見知った背中があった。それは、


 「レク、、、、」


 細い腕からは考えられないほどの力があるのだろう。ビッグオークの棍棒を正面から受け止めていたレクが立っていた。


 「間に合ってよかったです」


 こちらを振り向くことなく言う。


 レクとビッグオークの戦いはあっけなく終わった。まるでこいつに苦労していた私が馬鹿のように。顔に返り血を浴びたレクが、それを拭いながら寄ってくる。


 「無事でよかったです、まさかこんなことになってるんなんて思いもしませんでした。とりあえず、手を貸しますよ?」


 「いや、1人で歩ける。気にしないで」


 私は立ち上がって、体のあちこちに感じるちょっとした痛みに不快感を感じながら、レクと一緒に村の人たちが集まっているところに戻ろうとしたところで、二組の男女のペアがこちらに駆け足でやってくる。


 「リンカさん、レクさん。私の子は?私の子は無事なんですか?」


 2人の女性、レイサとゲウラスの母親が、顔が触れそうなぐらいまで近づいてくる。横からはレクの視線を感じる。グッと握り拳に力を入れて、言う。


 「ごめんなさい」


 「あ、あっ、あ、うそ、うそよね?そんなことって、そんなごどっで、、、!」


 膝から崩れを落ちて、ボロボロと涙をこぼす。すぐに無言で背中を、2人の父親がさする。


 レクは何も言うことなく、4人を見ていた。


 私は、1人、村の人達のもとに戻って行った。

 


 


 

 


  

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