第22話 襲撃②

(ここが小さい村で良かったわ)


 目の前にいるモンスターを見ていて思う。今、そいつは誰かと戦っており、後ろの私に気づいていない。


 「フッ!」


 脚に魔力を込めて、思い切り地面を蹴り上げる。そして、最後まで私の方に気付くことがないまま倒れた。そして、その先には肩で息ををしている騎士がいて、その奥には村の人達が固まって集まっていた。ふぅ、と思わず息がこぼれてしまう。


 「あ、あの、ありがとうございます」


 全身のあちこちに傷を負った騎士が礼を言う。


 「気にしないで。私は他の人のところに行くから」


 すぐに体の向きを変えて、他にモンスターと戦っていた騎士や村の人の助太刀に行く。もともとある程度のダメージを相手が負っていたのに加えて、わずか4体のモンスターに対して、30人ほどの村の男衆が協力して戦っていたので、隙を狙って攻撃しやすく比較的苦戦することなく倒せた。周りを見て、他にいないことを確認してから、はぁ、と大きく息を吐く。周りは、血やら死体やらで臭いしとても安心できるような状況ではないが、それを気にすることができないほどの疲労が溜まっていた。


 「リンカさん!」


 私の名前を呼ぶ、馴染みのある声が聞こえてくる。そちらの方に目を向けると、ドタドタと慌ててかけるようにこっちに向かってくるシェリとリウスがいた。レイサとゲウラスは、遠目でこちらを見ていた。


 「大丈夫だったの?」


 「本当に心配してたんです!ほんとに、ほんとによかったぁ。レクさんもいなくって、心配で」


 ほとんど泣きそうな声でシェリが私に抱きつきながら言う。リウスも、私に大きな傷がないのを確認して、安心したのか、小さく、よかった、と言う言葉が耳に入る。ここまで心配してくれていたとは。嬉しいけど、ちょっと照れるかも。


 「私は大丈夫よ。確かに何回か攻撃は受けたけど、かすり傷みたいなものよ。ところで、レクがいないのは分かったわ。ヘルガとか、後の騎士達は?」


 「他の騎士様達はリンカさんと反対側の方からも大量のモンスターがきててそっちの方に行ってます」


 「そう。ちなみに聞くけど、私達の方に向かった騎士の人はいるの?」


 「えっと、何人か行ったはずだよ?」


 シェリではなくリウスが答える。そう、とだけ返して大きく息を吸い、吐き出す。記憶の片隅に、それでいて鮮明に残る、死体を思い出してしまう。私がここに来るまでに生きている人は一度も見なかった。そう。生きている人は。


 (考えるな。考えるな)


 そう心の中で何度も唱えて、調子を整えた後、不思議そうにこちらを見るシェリとリウスの奥の方に目を向ける。そこには、村の人達があたりをキョロキョロと見渡していて、また、先の戦いで怪我を負った者達の治療をしている者もいた。


 (反対側の方に残りの騎士は派遣されたって感じね。今ここにいる人は怪我してるしすぐには動ける気がしない。私だけでもすぐに2人の方に戻るしかないか)


 じゃあ、キュールとフェーリの方に戻るから、そう言おうとした時、まさに今私が行こうとしていた方向から、大きな魔力を感じる。その距離はもう村の入り口近く、いや中だ。


 (気付かなかった!くそっ!それに、もう中に入ってきてるってことは、あの2人は、、、)


 首を横に大きく振ってその続きを考えるのをやめて、向きを変えた体を元に戻す。


 「2人は下がりなさい。次の敵が来るわよ」


 抱きついていたシェリの腕に、グッと力が入るのが分かる。


 「リンカさん。頑張って」


 リウスは数歩後ろに下がる。そして、シェリはぎゅっと私の体を抱きしめた後、一歩下がって、


 「頑張ってください」


 「えぇ。誰も死なせないわ。もちろん私も」


 そうして、ゆっくりと迫り来る敵の方に向かっていく。かすかに地面が揺れるのを感じる。


 (大物が来るわね。命は取らせない。けど、腕一本はなくなるかもね)


 地面が揺れるたびにだんだんと緊張感が増してくる。私が絶対に勝てるという保証は決してない相手がくる。デルベロと初めて戦ったとき、それを超えるぐらいの力の差がある。すでにかなりの疲労を抱えている状態ではなおさらである。


 「ふぅ」


 小さく息を吐くと、少しだけ気が楽になったようなそんな感じがする。足が感じる地面の揺れは大きくなり、まるで小規模の地震が起こっているようだ。そして、現れた新たな刺客は、体長が5mほどはあろうかという巨体に、筋肉なのか脂肪なのかをつけて膨れ上がったお腹を揺らしながら歩く、オークの巨大化版がいた。


 「ブモォォ!」


 私の姿を認識して、空に向かって雄叫びを上げる。鼓膜が破れそうなぐらいに周りに響く。きっと、後ろにいる村の人たちの方にも届いてしまっただろう。


 (子分は引き連れていないのね。それがまだ救いといったところか)


 雑に使ったせいで、もうそれほど寿命は長くないであろう鉄剣を構える。どうかこの戦いが終わるまで耐えてくれますように、そう願いながら、ザッ、と地面を蹴り上げる。


 そのままオークの上位種、仮名としてビッグオークと呼ばせてもらうが、に近いていくと、ブォ!、と叫びながら、無駄の多い大きな振りで横から棍棒を振ってくる。


 (速い!)


 この体格から繰り出される攻撃の威力が低いはずがない。攻撃を食らうのは危険と判断したためか、反射的に後ろに大きく跳んでその攻撃を避けていた。一度しっかりと着地してから、呼吸を整える。


(攻撃自体は想像以上の威力ね。下手に近づくのは良くないのかしら)


 ドンドンと地面を揺らしながら、こちらの方に向かってくる。やはり体は重たいのか動き自体はかなり鈍い。しかし。体格があるので攻撃の届く範囲は広くなっている。となると、こちらに有利な機動性を活かして戦うしかないだろう。どう考えても力では押し切れないし、すでにヘビーな戦闘を終えた上でのこれだ。隙を見て着実に急所を狙っていくべきだろう。


「ブモォォォ!」


「攻撃は随分と単調なのね!」


 再び横から振るわれる棍棒を上に跳んで避ける。着地すると同時に、空を切った棍棒は向きを変えて、再び迫ってくる。しかし、その攻撃が私の元に来る前に、ビッグオークの股の下を潜り抜ける。そしてそのまま丸太、よりも太いような毛皮で覆われた脚に剣を入れる。が、


 「ぐっ、このっ」


 力を入れるも、剣は深く入らなかった。いや、鱗で覆われてるとかならまだしも、なんで毛皮なのにこんなに硬いの?謎すぎる。


 すぐに無理だと考えて、剣を抜いて距離を取る。


 (こいつの硬さもあるだろうけど、やっぱり剣の切れ味が悪すぎる気がする!もちろん、私の使い方にも問題はあるだろうけど)


 私の攻撃が全く効いていないのが、こちらを見てニタニタしているビッグオークの表情からわかる。そして、すぐさま棍棒を真上から振り下ろしてくるが、それを横に避ける。もし、これがずっと続くようなら私の体力か魔力がなくなって終わりだろう。持久戦は論外だ。しかし、短期戦で決められるかといわれればもちろん、NO。まさに過去1番で絶望的な状況となっている。だって、今のこの状況に助太刀してくれるような人も特にいないし。


 (可能性としては、レクがことタイミングで戻ってくるか、ヘルガが助けに来てくれるか。でも、ヘルガに関してはおそらくあっちも同じようなものを相手にしている可能性が高い。まさか、B級とA級にこれほどの差があるとは、、、、)


 そんなことを考えていると、攻撃を避けて着地する時に後ろの方に体重を右足の方に寄せすぎたのか体が一瞬ぐらつく。戦っていて分かったが、相手は基礎的な身体能力だけではなく知能も向上しているようで、攻撃自体は単純で狙いがわかりやすいのだが、私が次にどうやって攻撃を避けるかというのを予測しているようだった。そして、ビッグオークは私に隙ができたのを見逃すことなく、地面に打ちつけた棍棒を横に薙ぎ払うように動かそうとしたところで、


 「ブォ?」


 何があったのか分からないが、攻撃を止めてゆっくりと後ろを見る。


 (誰か知らないけどありがとう!)


 私の方に意識が向いていない間に後ろに下がって距離を取る。そして、その時に何が起こったのか、それを全て理解した。ビッグオークの太い脚の間から見えた向かい側には、ゲウラスとレイサがいたのだ。目を上の方に向けると、ビッグオークの薄く細められた目が私の方を見ていた。そして、私の方から視線をスッと逸らして、


 「ブオォォォ!」


 今までの中で最大級の咆哮を響かせ、棍棒を振り上げる。反対にいる2人の方に向かって。


 「待てっ!」


 すぐに地面を蹴り上げて、距離を詰める。横目で2人の姿を確認すると。呆然と立ち尽くしてオークの方を見ていた。


  (まだ間に合う!)


 「お前の敵は私だ!」


 私の振るった剣はオークに触れるも、その次の瞬間、パリンッと音を立てて、割れた。


 そして、前から、ズドンッと地面から重たく鈍い音が聞こえてくる。その方向には砂埃が舞っていた。


 着地して、オークから距離を取る。オークのさらに前方に目を向けると、そこには、大きな穴があるだけだった。2人が立っていた場所だ。


 オークがブンッと棍棒を振りながらこちらを向き、再び叫ぶ。それと同時に、顔にピチャ、と何かが付着した。


 「あ、」


 指の先についていたのは、鈍く赤いドロっとした液体だった。




 




 


 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る