6 きみと

優と蓮人は、中学卒業後に同じ高校に進学した。

「錦木ってさぁ、そうちゃんで遊んでる嫌な奴だと思ってたんだよ」

「でも実際ちょっとだけ喋ってみたら超面白くて」

「あー、こりゃそうちゃんも許すわな、って思った」

「ま、やんちゃすぎるところはあるけどね」

高校に入学してすぐ、狭いカラオケボックスでふたり。

ジュースを飲みながらそんな話を聞いた。

わかる、なんて返事をして、どちらに対してかわからない小さな嫉妬心を飲み込んでいた。


「錦木のお母さんもいてさ、みんな泣いてんの。でも俺なんて全然話したことないし。高校でもクラス違ったし」

「うん」

「錦木も多分意味わかんないよな。全然喋ったことないやつが来てさぁ」

「うん」

「そんで泣きも喚きもしない、何のために来たんだよって」

「…うん」

「俺、そうちゃんが来てなくてよかった、って思ったんだよ。ごめんな」

「それは、なんで」

「そうちゃんは錦木と仲良かったから、泣いてない俺の顔なんか見せられなかった。血も涙もない最低な奴だって思われたくなかった。泣けない自分が、恥ずかしかった…」

何も言えない。

僕だって泣いていない。

ましてや優よりずっと、蓮人に近かったのに。

「僕、は…」

僕は、何なんだ。

優が最低なら、さしずめ僕は罪人といったところだろうか。

「…優」

「…なぁに」

優はいつも優しい目をしている。

今は涙で濡れているけど、悲しみだけじゃない、確かな慈愛をたたえた瞳。

許される、気がした。

「僕、多分今もまだ、実感がなくて」

「昔のことばっか思い出して」

「認められなくて」

「泣けなかったんだ、」

泣けなかったんだよ、と再度言いながら優に縋り付いて泣く僕はさぞかし滑稽だろう。

一番恥ずかしい奴は僕だ。

これは優に対する慰めでも、蓮人に対する懺悔でもない。

自己満足の延長線上に鎮座した、気持ちの悪いエゴだ。

「消え、たい」

「…消さないで」

降ってきた優の声に顔を上げる。

「そうちゃんは、錦木との思い出が大事なんでしょう」

「うん…」

「じゃあ、そうちゃんがいなきゃだめ」


「そうちゃんごと、消さないで。」


僕の涙腺はバカになってしまったようだ。

涙に埋め尽くされた視界で、月を背にして陰になった優の顔が歪んでいる。

ぼろりと僕の両の目から雫が落ちて行って、それを拭った優のうしろの真っ白な月と眼が合った。

目の前が、柔らかく照らされる。


「っ、消えたく、ない」


「消したくない、」


「蓮人のこと、忘れるのが怖い…」


これが本心か。



「っはは、何してんだろね、俺ら」

「…ね」

ひとしきり泣いた後。

やりたいことがあると言う優に連れられて河川敷へ移動し、カバンやら自転車やらを傍らに置き、仰向けに寝転がっている。

男子高校生が二人、真冬の夜に河川敷に寝ているなんてかなり異様な光景だろう。

「寝るときって、いちばん地面に近くなるだろ」

「…うん」

「地獄?とか、この世のモンじゃない所に近づきやすいんだー、って昔じいちゃんが言ってたの、思い出してさ」

「それで、か」

「そー。」

今、蓮人に会えるとしたら、僕は彼に何を伝えるんだろうか。

ありがとう、か。

ごめん、か。

「優は、蓮人に会えたら、なんて言う、?」

「…もっと仲良くなりたかった、かな」

「…いいね」

「そうちゃんは?」

なんだろう。

「なんだろうなー…」

どれも適切でない気がして、ぐるぐると思考が回り始めた。

あの人たらしに魅せられただけの僕は、彼を憧憬のまま心の中に留めている。

偶像みたいな蓮人が、僕の中にいる。

正しい答えは、まだ出せない気がする。


「まだ、いいかな」


きっと、今じゃない。


「そうちゃんらしい、かもね。」

「そうかな?」

「うん。」

「っ、ふふ」

「え、今の俺そんなに面白かった?!」

「いや、僕たちこんな寝転がって、蓮人が地獄にいる前提じゃん、って」

「っはは、確かに。怒られそー」

「ね」

とくり、と脈打つ心臓に、手のひらを重ねる。


「蓮人はここにいる、よ」

「…うん」


「だからまだ、いいんだ」


大丈夫。




僕は多分、今じゃないどこかで君の死を悼んだりするんだ。

君のことを思い出して、思い出すたびに納得のいく形を探して、君がいなくなった世界を正当化しようとすると思う。

それまで、僕の中にいてくれるだろうか。


欲を言えば、その先もずっと思い出と一緒に、僕の中にいてほしい。

僕を変えた君がいなくなってしまっても、僕はここにいるから。

僕の中に、君がいるから。


僕が、君を未来まで連れて行くよ。


一緒に、進んでいこう。

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