5 歩みを

蓮人の葬式の日、模試の会場から戻った僕は泥のように崩れて眠った。

悔しかった。

メッセージアプリが一日中ひっきりなしに通知を送ってきて、スマホなんて見なくても参加者の多さが手に取るようにわかった。


僕の中の蓮人は、あの最初の日から憧れ続けた偶像のまま止まっている。

こんな勝手な思いを押し付けたままの僕を、蓮人は許してくれるだろうか。


短い秋はすぐに通り過ぎて行って、厳しい寒さに震える季節がやってきた。

時の流れは無情なもので、蓮人の死はすっかり過去のことになってしまったようだ。

「そうちゃん、おはよ」

「優」

「朝会うなんて珍しいねぇ。途中まで一緒に行こ」

「いこー」

高校に入学して2年が経とうとしているが、一部の人間とは交流を続けている。

中でも優は変わらず優しくて面白い、一番の親友だ。

「今日は放課後遊べる?久しぶりにそうちゃんとラーメン食いたくて。そっち模試とか近いっけ」

「いや、今日はいける。というか今日しかない…」

進学校サマは大変だねぇ、と笑いながら自転車を押す優の表情が、なんとなく疲れているように見えるのが気になる。

寝不足だろうか。

じゃあ放課後駅前で、と手を振って別れた。


「最近は、部活はあんまり行ってないかなぁ」

「そうちゃんはー…美術と映画だっけ?」

「そうそう」

「部活来いー、とか言われたりしないの?」

「男子校の文化部なんてそんなもんよ」

「あはは。そっかぁ」

すっかり日も落ちて、枯れた木の続く土手をふたりで自転車を押して歩く。

空気がキンと刺すように冷たい。

等間隔の街灯の下に入らなければ、互いの表情はよく見えない。

しばらく沈黙が続いた後、キ、と優の自転車が止まる音がして、優?と声をかけた。

「うさぎ」

「ん?」

「俺んちの、うさぎ」

「あ、ニンジン丸のこと?」

「そう、ニンジン丸」

ニンジン丸がどうした、と聞こうとしてやめた。

暗闇の中、優は静かにすすり泣いていた。

ニンジン丸がどうなってしまったかなんて明白で、白いからだの手触りを思い出して苦しくなる。

こういう時に何と声をかけるのが正解なのかまるでわからない、口下手な自分が恥ずかしい。ガチャン、と自転車を道の脇に止め、空いた両手で優を抱きしめた。

「つらい、な、」

どうして僕はこう、いつも訥弁なんだろうか。大事な時に言葉が出てこない。

しゃくりあげる優の背中をさすって、大丈夫、大丈夫、と呟くしかできないのが不甲斐なくて、気づいたら僕も涙を流していた。

「…そう、ちゃん」

なんで泣いてるの、と、冷え切った優の指が僕の顔に触れた。

涙がつめたくて、触れる皮膚がいたい。

「優が、泣いてて、何も言えなくて、」

本当に、なんで泣いているんだろう。

蓮人が死んでも泣かなかったのに。

彼のこと、本当はどうでもいいと思っていたんだろうか。

嫌だ。そんな自分を許せるわけがない。

僕も、あのきたない大人たちと一緒だったんだ。

きたなくてあさましくて、最低な、

「そうちゃん、」

「っ、なに、」

「おれね、」


錦木の葬式で、泣けなかったんだ


懺悔のような独白は、優の涙の雫と共に零されて、闇に溶けた。

ぱたり、足元のアスファルトで涙がはじける音がして、しずかに時が止まるような心地がした。

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